ルイスとバーニーは暗殺者に忍び寄って銃を構えながら、逮捕を告げた。けれども、暗殺者は「君らが私を生きたまま捕縛することはない!」と言い切った。この状況で逃亡する自信があったわけではない。むしろ冷静に絶望的な状況を読み取って、覚悟を決めたということだろう。
彼は、従来とは異なるコンタクトを求めてきたことに不審を抱き、そして今、ヴェクスラーが仕かけた罠を嗅ぎつけたからだ。
美術館の内部にはすでにヴェクスラーが雇った殺し屋たちが入り込んでいて、暗殺者に迫ろうとしていたのだ。
殺し屋集団の先頭に立った2人が、暗殺者を逮捕しようとするバーニーを銃撃して殺した。バーニーの後ろ側にいたルイスは偶然、死を免れた。
殺し屋たちは、自動機関銃で暗殺者の胸に弾を撃ち込んだ。暗殺者は壁際まで吹き飛ばされた。ルイスはどうにか隙を見て銃を構えて応戦した。しかし、全部で5組いる殺し屋たちに追い詰められていく。
この派手な銃撃戦の舞台は、グッゲンハイム現代美術館の中央部のホールをめぐる《螺旋形の円形回廊》。つまり、回りながら上昇していくスロープだ。入館者たちは、中央部の吹き抜けホールの展示作品を見ながら、昇りながら次つぎに展示コーナーを巡回していくようになっている。
回廊の内側――吹き抜けホールを見おろす側――の縁には、安全のための――手すりにもなる――腰壁が設置されている。銃撃戦で身を隠しやすい構造になっている。だから、この美術館が銃撃戦の撮影舞台に選ばれたのか。それとも…。
殺し屋集団に包囲されてルイスが孤立したときに、倒れていた暗殺者が起き上がろうとした。堅固な防弾ヴェストを着用していたのだ。そして、この場を切り抜けるために、暗殺者はルイスと共同戦線を組むことにした。ルイスも同意するしかなかった。
それで結局、ルイスは危地を脱出できたが、暗殺者は胸を撃ち抜かれて瀕死の重傷を負った。そのため、彼はルイスに担がれて近くの公園まで逃げ延びたところで、息絶えた。生きたまま逮捕されない、という男の見通しは的中した。
ルイスはまたもや、IBBCを追及する手がかりを失うことになってしまった。
■ヴェクスラーの捕縛■
だが、美術館から出たヴェクスラーを尾行していたイギイが仲間の応援を受けて、ヴェクスラーを拘束することができた。その経緯の連絡を受けたルイスとエレノアが、ヴェクスラーを尋問するために拘束場所を訪れた。
ところが、ヴェクスラー拘束は、正規の逮捕という形にはなっていないようだ。拘束場所は警察署ではなく、非公式の場所だった。ルイスやエレノアの考えしだいで、何らかの取引をおこなうためか。
尋問はルイスがおこなった。
ルイスはヴェクスラーに尋ねた。
「あなたは旧東ドイツで国家保安局( Staatssicherheitdienst : SSD / Stasi )の大佐だったはずだ。共産主義者として西側資本主義の腐敗や悪辣さを非難してきた立場だったのに、今、なぜ強欲な金融機関のために働いているんだ」
皮肉めいた表情でヴェクスラーは答えた。
「それが、現実的な対応だからだ。
国家レジームが崩壊して、妻は自殺し、娘は私の罵って出ていった。家族は崩壊した。
生きるために、すべてを失った私は自分の専門技術を高く売っただけだよ。いや、国家が崩壊したときに、私は死んだというべきかもしれない」
ヴェクスラーが言いたかったのは、惰性で生き続けることに疲れたということ、自分の今の職業に満足しているわけではないということだったのではないか。
そのため、結局、彼はルイスたちの協力要請に応じることになった。捜査への協力というとりも、死に場所を求めていたというべきかもしれない。
近々、トゥルコのイスタンブールでIBBCのスカルセンはアラブ系の兵器商人、アフムード・スナーイと、ミサイルコントロール装置の売買交渉をおこなうことになっていた。ヴェクスラーは、スカルセンの衣服に盗聴マイクを仕かけて、アフムードとの会話をルイスに録音させようというのだ。