翌日、ルイスとエレノアは、カルヴィーニと面会するためにミラーノに向かった。カルヴィーニの会社前の広場では、大々的な政治集会の準備が進められていた。
ウンベルト・カルヴィーニは、その財閥の巨大な資産と影響力を土台にイタリア政界に乗り出していたのだ。今や彼は有力な次期首相候補と目されていた。
その日、彼は多数の支持者や報道機関を集めて演説をおこない。イタリア政治の現状打破と改革のプログラムを公表する予定だった。
カルヴィーニは演説の前にルイスたちと面会した。ルイスやエレノアの質問に応えて、ウンベルトはIBBCの最近の活動を説明した。
「アンドレ・クレマンは、当社に取引きを申し込んできたIBBCの窓口=交渉係だった。経理部門でこつこつと業績を積み上げてきた誠実な男だった。彼は会社の動きと良心とのあいだで板挟みになっていたようだ。
IBBCはこのところ、国際的な武器取引に手を染めてきた。先頃は、アラブ系の武器商人マフムード・スナーイと組んで、中国からシルクワーム・ミサイルを調達して中東のある国に売却した。そして、ミサイルの誘導装置として、当社にヴァルコン―― VALCON :汎用ミサイル遠隔誘導システム――の購入を申し入れてきたんだ。
当社のヴァルコンは、イスラエルのミサイル誘導システムに取り入れられている。これをその敵方の中東に売り込もうというんだ。
だが、第三世界の紛争をめぐって売り込まれる兵器はほとんどが銃砲などの軽量級兵器だ。だから、総じて利益は少ない。巨大な金融機関が手を出す魅力のない領域だ。
では、なぜIBBCは豊かでない(支払能力のない)諸国への武器売却に乗り出したのか、だ。
彼らの狙いは、貧しい諸国の債務をコントロールすることにあるのだ。債務を支配することで、金融的に自分への依存構造をつくり出すためだよ。
さて、もう時間がない。演説が終わってから、車のなかで話の続きをしよう」
ウンベルト・カルヴィーニは側近たちとともに、ビルの外の演説会場に向かった。広場には多数の人びとが詰めかけていた。ウンベルトはステイジに立った。
だが、演説を開始して2分後、広場の真横のホテルから発射された銃弾がカルヴィーニの頭部を撃ち抜いた。即死だった。回収はパニックに陥り、会場は大混乱になった。
■買収された憲兵隊長■
だが、会場の警備にあたっていた憲兵隊――国家(中央政府)直属の武装警察――の隊長は、すぐに銃弾が飛んできた方向を察知した。彼は小隊を率いてホテルの4階の部屋に突入した。そして、狙撃用ライフル(ザウアー200ライフル)を入れたケイスを抱えたスナイパーを射殺した。
隊長は部下全員を警戒と捜査のために部屋から追い立てると、暗殺者の頭部を撃ち抜いてとどめを刺し、そしてポケットからあらかじめ用意しておいた薬莢ケイシングを取り出して床にばらまいた。
憲兵隊長は、IBBCの保安部が仕立て上げた筋書きどおりに動いていたのだ。
カルヴィーニの頭部を実際に打ち抜いた銃弾を発射したのは、じつは屋上に潜んでいた狙撃手だった。4階の部屋にいた狙撃者は、IBBCが囮として雇った「赤い旅団」のテロリストだった。
このテロリストは、暗殺の依頼者から、ウンベルト・カルヴィーニが演説を尾開始してからきっかり2分後に狙撃するように指示されていた。狙撃場所も指定され、武器も支給されていた。だが、彼が銃撃した瞬間、カルヴィーニは頭を反らしたため、銃弾は命中しなかった。
そこで、2発目を装填して照準器を覗いた瞬間、別の銃弾がカルヴィーニの側頭部を撃ち抜いていた。予想外の出来事に赤い旅団の狙撃者は惑乱して、現場からの離脱をはかったが、憲兵隊があまりにも早く駆けつけたために脱出できなかった。
その日、カラヴィニエッリの隊長は、IBBCの連絡係から薬莢ケイシングの入った包みを受け取り、その日の行動を指示されていたのだ。
会場の警備を担当したカラヴィニエッリの主力をホテルの1室とその周辺に張り付かせたため、本当の狙撃者は容易に狙撃地点から離脱することができた。