というわけで、IRBメンバーは当局から目をつけられ、つねに王立警察の監視や尾行を受けることになった。
この王立警察は、ダブリン首都警察(警視庁)の庁舎内に本拠を置き、ダブリン警察――地元で採用されたアイアランド人警察官からなる――を半ば見下しながら、目下の機関として手足のように使っていた。それゆえ、この2つの警察組織のメンバーあいだには隠然たる対立があった。とはいえダブリン市民から見れば、同じ庁舎から出てくる警察官ということで、王立警察とダブリン警察との見分けはつかない。
マイケルは、このダブリン警察の捜査官にいつも付きまとわれるようになった。
ネッド・ブロイというその刑事は、演説のとき会衆のなかにいて、熱心にメモを取っていた。マイケルが街中を歩いているときも、彼の後ろに付いて回った。もちろん、王立警察からマイケルの監視を命じられてのことだ。
マイケルはついにあまりに目障りになったということで、とっさに裏路地に隠れてやり過ごし、背後からネッド・ブロイを捕まえた。
しかし、ネッドは敵対心を見せずにマイケルの演説の名言を引用した。面喰ったマイケルだが、優秀なオルガナイザーの本能として、ネッドが敵ではなくシンパであることを察知した。
ネッドは、王立警察が周到に組織した「情報網」の前に、IRBは原始的な戦いを挑んでいると語った。王立警察は、当時としては最高の情報システムを構築していた。内通者や専門の調査員を動員してシン・フェイン党メンバーに関する情報を集中して手書きの書類を集積して「デイタベイス」を準備していた。
そのとき、マイケルは敵の内部情報をつかまなければならないと閃いた。そこで、ネッドに強引に申し入れた。マイケルが警察の書庫に入り込むのを手伝えと。
「今夜、ダブリン警察に入り込んで調査するから、手はずを取ってくれ。幸い、私の容貌は警察には知られていない」
ネッドは、あまりに大胆な挑戦にたじろいだが、マイケルは後に退かなかった。仕方なく、「では、君は私の内通者ということにして庁舎に入ってもらう」とネッドは応じるしかなかった。
その深夜、マイケルはダブリン警察の内部に潜り込んだ。ネッドは当直役を買って出ていた。彼はマイケルをすぐに文書室(資料室)に連れていき、携帯ランプを渡した。そして文書室のドアを閉めて鍵をかけた。
マイケルは朝まで文書室に隠れて、王立警察が収集した資料を調べることができた。その情報に接して、マイケルは愕然とした。ブリテン当局は、シン・フェイン党の主要メンバーに関するあらゆる情報を周到かつ系統的につかんでいた。
年齢、住所、顔写真、家族や交友関係、取引銀行の口座番号、行きつけのレストランやパブなど、とことん調べていた。マイケル自身についても、かなりの情報が集められていたが、まだ顔写真はなかった。
なにしろ、敵はブリテン王国政府だ。世界のヘゲモニーを掌握し維持するために、それこそ世界最初の秘密情報装置を世界の各地に組織した国家なのだ。政府の情報組織を指導しているのは、高位の貴族のうち、オクスブリッジで政治学や歴史学、暗号数理論などの博士号をとった連中なのだ。金も人員も惜しまずにつぎ込むことで、世界の頂点に君臨するための権謀術数を駆使していた。
彼らは、王立警察やダブリン警察をつうじて、IRBの内部にも内通者や協力者を送り込んでいた。ブリテン当局の戦略や戦術に比べれば、シン・フェイン党はまるで子供のケンカを挑んでいるにすぎない。