マイケル・コリンズ その10
独立闘争の熾烈化
政治闘争における情報戦の重要性を痛感したマイケルはこのあと、シン・フェイン党やＩＲＡのメンバーにブリテンないし公安当局側の人員の情報を集めるように指示した。彼らの顔写真、住所、家族、交友関係、取引銀行の口座、よくいくレストランやパブなどに関して洗いざらい調べろ、と。そして、自分たちの組織の内部や近隣社会には当局への内通者や協力者が潜んでいるので、警戒を強めてあぶり出せ、と。
マイケルの情報戦の組織化は、敵陣営のメンバーに関する情報を探り出し、彼らの近辺にいるアイアランド人を協力者に仕立て上げることで進められた。他方で、独立派の内部または近辺で当局に協力する者たちの行動を封じ込める必要もあった。そこで、「ブリテンの支配に協力する裏切り者たちには、死の制裁を与える」という宣言を印刷したビラ、ステッカーをダブリン中に撒き散らした。「協力者」のなかには、警察官も含まれていた。
マイケルの情報組織のなかで切り札は何といっても、ダブリン市警察の捜査員、ネッド・ブロイだった。公安当局の中枢近くに潜む味方だった。その彼からマイケルは、当局は独立は指導部の壊滅を狙って、アイアランド会議が選出した「閣僚メンバー」を拘束しようとしているという情報を得た。
そこで、共和派閣僚会議で英側公安当局が独立派指導者たちの情報を詳細に把握していること報告して、メンバー全員に注意を呼びかけた。とくに自宅には帰らないように、と。だが、ハリー以外のメンバーはその警告を無視した。
デヴァレラにいたっては、きわめて楽天的だった。
「その情報が正しくても、間違っていても、私はいつものとおり自宅で眠るよ。もし本当なら、当局による逮捕は歓迎だね。事件になって報道されれば、独立派の絶好の宣伝になるんだからね」と。
その夜更け、マイケルとハリーはダブリンの街路を自転車で走っていた。隠れ家から別の隠れ家へと移動するためだ。ところが、その道を警察の車両の列が疾駆していった。公安当局が共和派指導部の一斉逮捕の挙に出たのだ。車の向かう先は、共和国独立派の議長、イーモン・デヴァレラの自宅がある方向だった。
２人は急いでデヴァレラの住居に駆けつけたが、時すでに遅かった。人だかりと喧騒の向こうでは、逮捕されたデヴァレラが車に押し込められようとしていた。
マイケルとハリーを除いた閣僚会議のメンバー全員が、この夜、拘束された。しかも、当局は報道機関を完全に統制していて、この事件を独立派の宣伝の場にはさせなかった。
そのうえ、拘束したメンバーを全員、それぞれ別々の監獄に送り込んだ。意思疎通や連絡の可能性を奪い取って、独立派指導部の結束や組織化を全面的に阻止したのだ。
この作戦のために、ブリテン当局側は、本国内閣直属の特務機関（秘密情報局ＳＩＳ）の直接の指揮下にあるベルファスト警察公安部の猛者たちを派遣していた。同時に武装警察隊をも送り込んで、ＩＲＡ・シン・フェイン党メンバーの拘束を始めていた。
ダブリン警察はベルファスト警察のエリートたちによってすっかり統制・指揮されていた。情け容赦のない抑圧が始まろうとしていた。彼らは、とくにマイケルの指導で印刷されて大量に出回ったビラ・ステッカーを目の敵にしていた。だから「マイケルを捕縛しろ」といきり立っていたが、当局の誰もが彼の顔を知らない。
この動きに対して、マイケルもまた情け容赦のない反撃に出た。
ＩＲＡの内部に志願者からなる「暗殺部隊」を組織した。狙う相手は、ベルファスト警察のエリートと彼らに協力する裏切り者＝内通者たちだった。暗殺部隊の兵員たちは、一般市民と同じ服装で民衆のなかに紛れ込み、狙う相手の行動範囲（通る道や行きつけのパブなど）を調べ上げて、狙撃場所を計画した。
ベルファスト警察のエリートたちは、次々に暗殺されていった。もちろん、当局の協力者たちも、恐怖に怯えて、活動をやめた。
しかし、当局の報復もまた、いよいよ残虐性を増幅した。ＩＲＡメンバーは、もはや逮捕対象ではなく、射殺の標的とされた。血で血を洗う暗殺戦が繰り広げられることになった。
マイケルは、アイアランド独立という高貴な目的（大義）のためとはいえ、この卑劣な闘争形態をきわめて極端な状況にのみ限定されるべき戦術にすべきだと考えていた。だが、暗殺作戦は憎悪と暴力の自己増殖をもたらした。そして、多くの仲間たちが毎日、殺傷されていった。
結局、一般民衆に紛れ込んで活動するＩＲＡの狙撃者の方が有利だったようで、ベルファスト警察から派遣要員はあらかた排除されてしまった。
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