徴募兵員とはいえ、ホルニストに捕えられた者たちは事実上、捕虜だった。虐待に近い扱いと訓練を受けて、「使いものになりそうな男」だけが生き残り、正規の兵士に取り立てられていくのだ。
ホルニストの本拠は、かつては巨大な鉄鉱石採取場だった場所だった。その軍団は、暴力に物を言わせて、かろうじて残存する文明の利器をかき集めていた。銃や大砲などの武器や映写装置、繊維や日用品の製造設備や技術などを。
軍団は、その砦=拠点のなかに、この世界に残されたわずかな製造業の工房を組織し、経営していた。その産業の製造物(繊維製品、兵器、弾薬、工具など)がまた、彼らの権力の基盤となっている。
ホルニストの軍事組織は、徹底した弱肉強食の階級社会で、首領とその側近幹部が下級兵士を威嚇・酷使する仕組みになっている。そして、極端な人種主義=白人優越主義を掲げていた。だから、軍団の兵員はすべて白人(外観から判断されたにすぎないが)から構成されていた。
この軍団は、ネイサン・ホルンという男が創設したものだった。彼の著書『勝利への道をつかめ』は、荒廃した世界で暴力と闘争によって人びとを支配する方法を提示した解説書だったという。だが、すでに癌で死去していた。
その組織の組織化と指導を引き継いだのが、ベトゥリヘムで、この男は知性もあったが、きわめて凶暴な攻撃性と狡猾さをあわせ持っていた。軍団のメンバーには、もし挑戦する意欲と勇気があるなら、自分に挑んで勝てば、首領の地位を譲ると公言していた。それは、軍団の掟8か条にも含まれていた。
だが、それは挑戦者を特定し叩き潰すための手法でもあった。
かつてナンバー2の猛者を挑発して1対1の戦いに誘い出して叩きのめし、舌を切り取り去勢して、人間的な自立心と尊厳を奪い、犬のように忠実な副官にしてしまった。その光景を見た幹部は、以後誰も首領に挑まなくなった。
放浪者は、何とかしてホルニスト組織から逃げ出そうと機会を狙っていた。
だが、首領は、その男の知識や意思力などの資質が、軍団の現在の幹部たちよりもはるかにすぐれていると見抜き、協力すれば副官に取り立てると伝えた。が、男は、脱出願望を捨てなかった。
ある日、ホルニストは演習として、過去に野生動物園だった地区で野生化、凶暴化したライオンを狩り出す作戦をおこなった。程度の低い度胸試しだ。だが、先刻、ライオン狩りに送り出した兵士が行方不明になった。
ベトゥリヘムは、放浪者を選び出して、ナイフだけを持たせて、遭難者の捜索を命じた。先発兵士はすでにライオンに殺されていた。男は死体を発見した。死体を担いで、崩れかけた吊り橋を渡って帰還する途中、男は橋板をわざと踏み抜いて、遥か下を流れる激流に身を投じた。脱走のためだ。