男は、軍団の追跡と包囲網をなんとか切り抜けて森林に逃げ込んだ。
そこで、豪雨のなか、朽ちかけた郵便配達車を見つけて、雨宿りに入り込んだ。車のなかには、白骨化した郵便配達員(ポストマン)がいた。だが、その制服は傷みがなく、放浪者は失敬して襤褸服と「交換」することにした。革の郵便鞄も手に入れた。そして、遺骸は丁重に葬った。
合州国連邦政府がまだ存在していた頃の、旧いポストマンの制服と帽子、鞄だった。
放浪者は、ポストマンの帽子と制服を着用すると、この格好で「一芝居」打ってまた食い物にありつこうと企んだ。
ポストマンの格好をした男が最初に訪れた集落は、パインヴュウという集落だった。そこの人びとは、集落を囲む障壁のなかに固く閉じこもって、周囲から孤立し、閉鎖的に生活していた。そして、ときおり巡回にやって来るホルニスト軍団の権力に脅え、貢物を差し出しながら、かろうじて自給自足的な暮らしを守っていた。それはまた、この一帯にあるほとんどの住民共同体に共通の生存方法だった。
放浪者は集落に入り込むために、自分が連邦政府が再組織した郵便システムの連絡・配達員だと身分を偽った。
村の代表はシェリフ――保安官というべきか。だが「シェリフ」にはもともと地方政府の長官といいう意味がある――で、彼は、ポストマンを胡散臭い嘘つきか、さもなくば住民に無用の「希望」を吹き込む危険分子と判断して、集落への立ち入りを拒んだ。
ところが、障壁の守備隊員や集まってきた村人たちは、ポストマンの捏造した話を受け入れてしまった。というのも、偶然、この集落の老婦人の娘からの本物の手紙が鞄に入っていたため、その男が各地を回って手紙を預かり、連邦郵便システム(
U.S. Postal Service )の再構築する任務にあたっているという話に根拠がありそうに見えたからだった。
仕方なく、翌日、集落を出て行くという条件で、シェリフは入村を許可した。
その男を受け入れてから、集落の人びとの意識が大きく転換した。表情が明るくなって、つつましくささやかではあったが、ダンスや音楽演奏のパーティを開催した。ポストマンの歓迎という意味合いもあった。
何よりも、自分たちがホルニストの暴力と威嚇に脅えながら、ほかに寄る辺なく孤立して生き延びている、という重苦しい希望のない状態を変えるかもしれない「仄かな希望の光」を見たからだ。
あの老婦人(目が悪い)は、同居する娘から、もう1人の娘からの手紙を読み聞かせられていた。彼女の周りは、期待に満ちた面持ちで多くの人びとが取り囲んでいた。
ポストマンはパーティに迎え入れられた。そこで村人たちは、北アメリカの状況について、とりわけ再建されつつあるという合州国政府のことについて質問攻めにした。ポストマンは、政府の所在地と大統領の名前さえも答えた。何しろ彼は、即興芝居が得意なのだ。
ダンスパーティが始まると、若い美女が近づいてきて、子どもができない自分たち夫婦の代理父になってくれと頼み込んできた。つまりは、性交して自分を妊娠させてくれというのだ。彼女の夫もいっしょになって頼み込んできた。ポストマンは唖然として、あいまいな態度で出ていった。
悪くない話だが、人とのかかわりを避けるのが処世術としてきた男の習性で、逃げ出したのだ。