ひとたび、「国民」とか「国」という観念=思考枠組みができ上がると、その地理的範囲の過去のいっさいの経験を、フランス共和国という成果に向かう、あたかも1つの流れのような歴史として、総括し描き出すことになった。
だが、国境の周域の諸地方は、戦争のたびに帰属する国家が変わってしまうこともあった。それらの地方は、自らの歴史的なアイデンティティを、いずれの国民国家に統合して確認すべきなのか。迷い、反発するのは当然だ。
北アイルランド、バスコ、カタルーニャなど、中央政権・権威からの離脱とか独立を指向する地方にとって、いまだに自己のアイデンティティの帰属先の問題は解決されていない。EUはまだ国家にまで成長していないから。
要するに、現実にあるのは、現代のフランスに属する地理的空間の歴史、場所の歴史にほかならない。近代以前にあるのは「フランスという国」の歴史ではなく、場所としてのフランスの歴史でしかない。
日本も同じだ。あるのは、「――明治以上に国民国家となるはずの――日本という場所」「日本という空間」の歴史であって、「日本という国」の歴史ではない。
まさに、「国」「国民」という単位でもの(社会現象や歴史)を考える、今の私たちの習性=心性は、国民国家の教育や政策による、長期間の経験の所産だ。もとより、私たち住民自身も、国家の政策によって(ときにはひどい抑圧も受けるが)保護され、それなりの恩恵を受けてきた。その意味では、相互的な構造でもある。
「ありがたみ」があるがゆえに、形成された意識構造=心性なのだ。
ゆえに、少なくとも民主主義を標榜する国家にあっては、国家による保護(産業政策・農業保護など)や社会福祉・医療などの「ありがたみ」を切り縮めれば、「国民としてのまとまり」、それにもとづく「愛国心」もまた衰弱していく。「自由化」「自助努力」の強調は、ゆえに、国民意識を掘り崩す「両刃の剣」なのだ。
国家が住民に「平和を含むありがたみ」を感じるようなサーヴィスを提供すればこそ、市民の側の国家への忠誠や従順が成り立つのだ。いわば「取引き契約」なのだ。ありがたみが失われれば、愛国心は雲霧消散する。そうなると、独裁と専制、抑圧で秩序を維持するしかない。
グローバル化は、こうして、「国民」とか「国」という枠組みをどんどん相対化していく。人びとは、「国」よりももっと小さい単位を大事にしたり、あるいは「国」を超えた広い視野でものを考えたりするるようになった。