ところが、平原に下りていく途中の森林のなかで、2人は騎乗の少女の郵便配達員に出会った。少女の話では、宣誓によって郵便配達員に任命されたのだという。
自発的に結集した多数の若者たちが、山岳の麓にある拠点(ファクトリー:砦となる城館という意味がある)を中心として、オレゴン一帯の郵便集配サーヴィスのネットワークを形成し、さらに拡大しようとしていたのだ。
この運動組織のリーダーは、フォード・リンカーン・マーキュリーという少年だ。彼はパインヴュウに生まれ育った少年で、ポストマンの言葉にしたがって宣誓して郵便配達員に任命されたという。
それは、ポストマンにとっては、捏造した話でしかなかった。だが、希望と理想を追いかける真摯な少年にとっては、崇高な使命を果たすべき任務を割り当てられるという栄誉だった。
フォードはホルニストの目を盗んでパインヴュウから脱出して、オレゴン一帯で若者の志願者を集め、宣誓の儀式をおこない、多数の郵便配達員に任命していた。新たに任命された配達員たちは、やはり自己犠牲をいとわず理想の追求に燃える若者たちだ。
彼らはそれぞれ担当区域を持ち、馬に乗って各地の集落を巡回して集配活動をおこなう。その旅のなかで、やはり真摯な若者たちと出会い、宣誓をおこなって新たな郵便配達員を任命していった。
こうして、多数の若者たちが組織化され、郵便サーヴィスのネットワークの広がりと密度は大きくなっていったのだ。
その中心拠点に、アビーとポストマンは案内された。
「ただその日を生き抜く」ための方便として創作した物語りが、自立心と勇気、想像力に富んだ若者たちに理想=夢=希望を与え、社会的な広がりをもつ運動を組織化する指針になった。いきさつはともかく、ポストマンの口から漏れた言葉が、種子となって大地に散布され、発芽し、成長したのだ。
フォードは、この郵便組織のオレゴン地区におけるリーダーとして、ミネソタ州ミネアポリスの大統領に直属するポストマン=司令官からの手紙による指導を受けている、という「見せかけのシステム」を取り繕っていた。ホルニストとの闘争のなかで郵便組織は独特の政治組織になっていた。政治組織の成長のためには、綱領となる「神話」が必要なのだ。
多少の摩擦はあったが、ポストマンはこのファクトリーで、リーダーのフォードの上に立つ指揮官に祭り上げられた。「自分が蒔いた種」だ、という皮肉な想いを抱きながら、もはやポストマンは、若者集団との濃厚なかかわりあいに入り込み、指導者として振る舞うしかなくなった。