「映像は失われた、ない」と言っても、「渡せない」と言っても、この状況では殺されるしかない。そう覚ったクレイトンは、「映像があるところに案内する」と言い出した。
ライルは「何を愚かなことを言い出すんだ」と当惑。
クレイトンが示した映像のありかは、あのピンテーロが経営しているレストランだった。ワゴン車はたたちにレストランの前まで移動した。もちろん、その一帯の光景は、向かいの建物の2階に潜むFBI捜査官たちによって一部始終が録画されていた。
クレイトンは、映像引渡しの条件を提示した。 「映像を渡すのと引き換えに、俺もライルもともに解放するんだ。いいな。それじゃあ、ライルはここに残して、俺がレイノルズを案内する。映像を渡すときに、ライルを解放しろ」
と言い置いて、クレイトンは車から降りて、レストランに向かった。レイノルズと護衛役数人が続いた。
■FBIの監視■
FBI捜査官たちは、弁護士のクレイトンが数人の人物を引き連れてレストランに入っていくのを目撃し、録画した。同時に、ワゴン車のナンバープレイトを読み取って、車の照合を開始した。誰が登録し使用しているのかを調べるのだ。
クレイトンたちはレストランのなかに消えた。
コンピュータによるデイタベイスとの照合によって、ワゴン車は政府(NSA)所有の車だとわかった。FBIの頭越しにNSAが介入してくるのか、と捜査官たちは訝った。捜査妨害か、それとも事件が拡大したのか。現場の捜査官は焦った。
レストランのなかでは、クレイトンがレイノルズをピンテーロに引き合わせた。彼は家族とともに食事中だった。だが、会話が映像をめぐる「仕事=トラブル」におよびそうになると、ピンテーロは妻と子どもたちを部屋から追い立てた。
そして、ピンテーロの周りにはマフィアの「兵隊」たちが銃を手に集結した。
一方、ワゴン車のなかでは、クレイトンがそれとなく仄めかしたように、ライルが一芝居うつことにした。血糖値を上げるためにライルがジュースを飲もうとして噎せこんだ。嘔吐しそうになった。
車のなかに残ったのは、デイタ解析要員だけだった。彼らは、IT装置が吐瀉物に汚れるのを防ぐために――というのは、コンピュータの回路と記憶ディスクは、糖を含んだ液体を浴びると、修復不能な故障を起こすから――ライルを車外に連れ出した。
警察官に扮したライルが車外に出た場面を、FBI捜査官は目撃した。しかも、銃で撃ち抜かれた左手は血まみれだ。
「大変だ、警察官が拉致されていて、ひどい傷害を受けている。これは危険な事件だ。たたちに応援要員を呼べ。レストランに踏み込むぞ」
現場捜査の主任は声を張り上げた。