ヴィクトルは美女のフライトアテンダント、アメリア・ウォレンと知り合うことになりました。彼女は国際航空便への搭乗業務のために世界中を飛び回っているのですが、勤務する航空会社における所属(配置)拠点がJFKなので、数日ごとに空港の搭乗トラックを往来しているのです。
というわけで、待合コーナーにたむろしているヴィクトルと何度か顔を合わせるようになりました。
彼女は、勤務明けとかトランジット――航空機乗り換え――の空き時間には、頻繁にターミナルビルでなかなかに渋い中年男と落ち合ってデイトに出かけるようです。彼と会うときには顔が輝いていますが、空港に戻って来ると落ち込んだ表情をしています。
どうやら、あまり祝福すべき恋愛ではないようです。
彼女の相手は、国務省の上級官僚で妻子持ちらしいのです。
要するに、その男性にとってはアメリアは――今の家族を壊すこどに本気ではない――不倫の相手にすぎないのですが、彼女としては彼に強く惹かれていて、別れる決断もつきかねているようです。
ヴィクトルとアメリアは何度となく顔を合わせるうちに、ふとしたきっかけで立ち話程度に親しく言葉を交わす間柄になりました。
「あら、また会ったわね。しょっちゅうターミナルに来るのね」
「ああ、空港施設を行ったり来たりだよ」
「まあ、航空便であちこちに出かけて仕事をしているのね。お仕事は何かしら」
「内装の設計施工関係だよ」
「あら、出発時間だわ。それでは、お元気で。またお会いできるといいわね」
といった調子。
ある日、エンリーケがヴィクトルに頼みごとをしてきました。
「あなたは、毎日、ドロレスと親しく言葉を交わしていますね」
「そうだよ」
毎日、ヴィクトルはドロレスの窓口に入国手続き書類を提出して「却下」されているのです。
ドロレスは公務員としての職務上、ヴィクトルに許可を出すわけにはいかないのですが、朗らかで機知に富んだヴィクトル自身には好感を持っています。そして、ヴィクトルの大らかで人懐こい冗談や軽口を聞くのを、「日課」として楽しみにしているのです。2人の間には、好ましい信頼関係が生まれているようです。エンリーケはそういう2人のあいだの信頼関係を見て取ったのです。
「ヴィクトル、あなたにお願いがあります。ぼくはドロレスに一目惚れしてから、毎日彼女を遠くから眺めて思慕を募らせているんです。どうか、彼女にぼくの気持を伝えてください。彼女とデイトするきっかけをつくってください」
「難しそうだが、やってみよう」
とはいえ、ヴィクトルは切り出すタイミングを失ってばかりで、試みは何度も失敗し続けます。
結局、当たって砕けろとばかりに、ヴィクトルはエンリーケから(婚約)指輪を預かり、たどたどしい英文でエンリーケの想いを伝える仲介状を書いてドロレスにアタックしました。そして、何とかエンリーケという恋する若者を紹介することができました。
意外なことに、ドロレスはまじめな好青年エンリーケを気に入ってエンリーケとデイトすることになりました。そして、最初のデイトで意気投合し2人はたちまち婚約してしまったのです。