ターミナル 目次
「国家と国家」の隙間の落とし穴
原題について
見どころ
あらすじ
クラコウジアからの旅客
東欧市民の《生きる力》
人びととの出会い
美女のフライトアテンダント
恋の橋渡し
ヴィクトルの旅行の目的
がんばれ! ヴィクトル
「国家と国家の法」の呪縛
国家権力の作用の法的問題
国家主権と市民権
国家と市民は対峙し合うもの
「市民と国家」の関係
リヴァイアサン
国家的統合と市民権
国家と市民との妥協としての社会契約
人権を取り巻く政治的=軍事的環境
ヴィクトルの大らかさと勇気
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■国家主権と市民権■

  近代世界システムのなかでは、国際法的規範のなかで他国の主権を相互に承認し合う慣例のひとつとして、外国籍の市民を自国内に受け入れるさいの仕組み・制度ができ上がってきました。これはまさに相互的・互恵的・均衡的なもので、ある国家は自国の市民の権利が相手国で同じように尊重され、保護されるように、自国内でも相手国の市民の権利を尊重・保護するというものになります。互恵的・互酬的な関係です。
  そういう振る舞いが、長期的には自らの国益――自国民の利益――にとって最も有利になるからです。あくまで、自国益を最優先する立場から、そうなるのです。
  したがって、自国の利益と安全が保障される限りで同程度に外国人を国内に受け入れ、その権利を尊重・保障するということになるわけです。ただし、自国の言い分や利害が互いに尊重される限りでのことで、「経済制裁」などは、この関係が部分的にしろ壊れたときに現れる現象です。

  だから、たとえばこの映画の舞台を例にとって見ると、
  アメリカ合衆国が、通常のパスポートを持つ旅客としての外国人を空港や港湾で国内に受け入れるのは、

@その人物が合衆国と友好的な外交関係を取り結んでいる国家の市民であること
Aその人物がアメリカに対して「害意」あるいは「害意を実行する手段」を保有していないこと

  がともに証明可能な場合だけです。
  つまり、私たちがアメリカ国内に入国できるのは、私たちがアメリカと友好関係を結んでいる日本の市民権(国籍)を持っているという政治的・法的かつ軍事的条件の効果としてなのです。
  しかも、現金や有価証券などの財貨を持ち込む場合には、合衆国の経済や国家財政を毀損しないという規則を認め、持ち込む財貨が一定の限度内であることを宣誓・証明し、必要な関税などの課税を受け入れることが前提となります。
  その権限を行使するために、アメリカ合衆国国務省は出先機関としての入国管理局の職員をして外来者のパスポート(旅券)を審査照合させて、VISA(入国査証)のスタンプ=査証を発給します。

  ところで、VISAとはラテン語で video / visual / vision などと同じ語源 videre から由来する言葉で、「見ました」「検認した」という意味です。手形などの有価証券の裏書(検認署名)という意味にもなります。意思関係の相互確認です。

  そして、合衆国内国歳入庁(IRS)の出先機関としての税関が手荷物検査をし、一定価格以上の財物には関税を課します。しかも、現在ではセキュリティ担当が――テロや犯罪を防止するため――厳重に荷物や身体の検査をおこなうことになります。

  関税は、その昔「関銭」と呼ばれ、海洋の港湾埠頭や内陸河川の港、都市や内陸道路の関門の通過・出入りのさいに徴収されていた賦課金でした。いくつもの小さな政治体が統合されて「近代国家の仕組み」ができ上がり、国家が領土内の市場をひとまとまりのものとして支配統括する以前には、市場は――都市や地方侯国など――多数の自立的な政治体や団体によって分割支配されていました。そのため、海上や内陸の貿易経路や交通路は多数の関税障壁によって分断されていました。都市などの政治体や港湾組合などの団体は、免税特権をもたない者に対してその境界を通過するさいに課税・課金したのです。
  もっとも関税のほかに、現在でも港湾や空港、運河では高い使用料を取るし、高速道路などの有料道路では通行料を課されるので、古い法慣習が今でもそこそこの程度で残っているのです。施設や設備の維持費をまかなうために。

  イングランドを例外として、ヨーロッパ諸国家にとって国内市場の統一への道は多難でした。今では中央集権的な国家となったフランスでは、1789〜1815年の市民革命期にようやく域内市場が統合されて「国民市場 marché-nation / national market 」が形成されました。ブルボン王朝の絶対王政のもとでは、フランスは200以上もの関税圏と90近くもの地方慣習法圏に分断されていたのです。それらの境界を通るたびに関税や手荷物・身体の検査を受けていたのです。
  その意味では、絶対王政のもとでは国家は萌芽のままで、十分に成立していたとはいえないのです。⇒フランス国家形成史に関する参考資料を見る

  ともあれこうして、私たちは1つの自己完結的な政治的=軍事的単位であり、法的空間としてのアメリカ合衆国(国家領土)に入り込むことを「認められる」のです。
  ということは、 「@私たちが帰属する国家とアメリカとの外交関係」「A私たちのアメリカに対する事実上あるいは可能性としての害意の欠如(不存在)」   について、当局が不審・疑念を抱けば、入国を認められないことになります。
  この映画の場合は、ヴィクトルの航空便での移動中に故国でクーデタが起きて、従来の政権が転覆ないし麻痺してしまいました。そのため、アメリカとの友好な外交関係を保証しうる政権がなくなり、また、ヴィクトルの市民権を認め保護し規制する政府が消滅してしまったから、アメリカ入国管理局は彼の入国を拒絶したわけです。
  国家間の友好(安全)な外交関係の消滅した局面では、ノーマルな状態を予定している国家相互間での市民の受け入れは停止するのです。

  もとより、ヴィクトルが政治的理由あるいは経済的根拠によって亡命者あるいは難民としてアメリカ政府に「救済」を求める場合には、事情が変わってきます。アメリカと非友好的な関係にある国家の市民でも受け入れる可能性が出てきます。
  管理局次長のフランクは、入国手続きの停滞を解消するために、ヴィクトルにはこうした特例を認める何らかの要件がないかと探し、ヴィクトルに亡命意思の表明やら経済的困窮やらを自己申告させようと躍起になりました。
  という意味では、現場の裁量権もそれなりに幅を利かせるということでもあるわけです。でも、最終的には連邦の司法当局による審判や裁判が必要になります。
  いずれにせよ、国際空間での人権や市民権の保障は、国家権力・国家主権の相互作用の結果なのであって、国家とは政治的的=軍事的単位の組織形態なのです。

  パスポート(旅券)―― passport はその名称のとおり本来「港湾通過許可証」――は、国際的空間では、市民権がまさに国家権力の作用の効果として発生するということ、市民権は国家によって統括されているということを物語る証左なのです。

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