ターミナル 目次
「国家と国家」の隙間の落とし穴
原題について
見どころ
あらすじ
クラコウジアからの旅客
東欧市民の《生きる力》
人びととの出会い
美女のフライトアテンダント
恋の橋渡し
ヴィクトルの旅行の目的
がんばれ! ヴィクトル
「国家と国家の法」の呪縛
国家権力の作用の法的問題
国家主権と市民権
国家と市民は対峙し合うもの
「市民と国家」の関係
リヴァイアサン
国家的統合と市民権
国家と市民との妥協としての社会契約
人権を取り巻く政治的=軍事的環境
ヴィクトルの大らかさと勇気
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知のさまよいびと
信州の旅と街あるき

国家と市民との妥協としての社会契約

  ここで、国民社会のなかで中央政府と一般市民との力関係、中央権力と市民との妥協の仕組みが問題になってきます。
  国家と市民(個人)との関係を一種の契約関係として見なすこともできるのです。

  たとえばパスポートの発給や参政権など市民権の付与は、人びとがその国家=国民に帰属して、その枠組み秩序を受容することを誓約すること――これには納税義務の受け入れも含まれる――と引き換えにおこなわれる「見返り」と見なすわけです。市民の誓約の向け先は、ときどきの政権に対してではなく、市民社会の代表=総括者として国民国家です。
  あるいは、市民が国家の課税権を受け入れて納税に応じる義務は、国家装置としての中央政府が市民の権利や自由を不当に毀損ないということを留保条件としているのです。この条件を政権が踏み破った場合には、市民の側は反乱や革命を起こしてレジームを転換したり、政権を取り換える権利をもつ・・・・・・ということをアレゴリー(論理的帰結)としているのです。
  というのも、市民の経済的収入への課税・徴税は市民の生活・生存上の利害と直結しているからです。市民は国家の奴隷ではないから、政府の運営資金をまかなうために、市民の自由意思で課税に応じて納税するのです。そこには取引き契約が成り立っていて、国家に対して市民は納税の見返りを求めることができるのです。

  これは、社会契約説の論理そのものです。社会契約の論理は、市民による政権の取り換えの権利や可能性を内包するということです。
  イングランド革命とかフランス革命やアメリカ独立革命は、多様な因果関係が複雑に絡み合った帰結でしたが、そのなかでも財政=課税問題が最も中核的な争点のひとつだったことは間違いありません。

■人権を取り巻く政治的=軍事的環境■

  社会契約思想は、国民国家という枠組みで仕切られた市民社会の内部で、国家と市民、中央政府と市民が折り合いをつけて妥協に持ち込む原理を提供しました。しかし、それだけでは地球人類は国境システムや国籍という障壁=仕切りによって分割・分断されたままです。多数の国民国家に分割されているという世界経済の政治的=軍事的環境は変わりようがありません。
  資本の世界市場運動が格差や不平等、敵対を世界的規模で生み出し拡大再生産する以上、国際的な格差と敵対を克服するためには、究極的には、多数の主権国家のへの分割・分裂という地球の政治的・軍事的環境――人類の平和の障害となっている地政学的環境――を組み換えなければならないのです。

  しかし残念ながら、おそらく人類の知性と心性の限界はいずれ、この課題を解決できないまま、現代文明の破滅へとつながるような気がします。
  「ナショナリズム」や「愛国心」などという野暮なカテゴリーがこの世にあるのは、人類は国民国家が設ける境界線によって分断され続けている状況の結果であり、原因でもあるということです。
  たとえば自然界では、オオカミやライオンなどの生物種は、限られた食糧資源のもとで生き延びるために、群・個体集団ごとに縄張りテリトリーをつくり、排他的にそれを守っています。あるいは生き延びるために、他者のテリトリーを力づくで奪い取ります。多数の国民国家に分割されて国境を築き、領土(領海・領空)を防衛する仕組みをつくっている人類も、そのような生物種の生存闘争と同じ次元にあるとも言えます。

  以上の文脈において、人権や市民権の保障というものは、人類世界の諸国民国家への分割という政治的=軍事的環境によって決定的に限界づけられているということになります。とはいえ、国民国家という枠組みは、内部に利害対立や敵対、分断を含んだ仕組みでもあります。もっと大きな単位に統合されていくこともあるかもしれないし、逆により小さな単位に分解することがないとは言い切れません。

  ヨーロッパではこの半世紀間、ECさらにはEUという個別の国民国家を超える枠組みを構築する試みに挑戦してきました。それは、関税同盟を土台にして国民国家を超える国家装置と法体系・政策装置を生み出し、域内における住民の国境を超えた移動・居住の自由権を保障するところまできました。けれども現在、大きな壁にぶち当たって停滞しています。EUの内部で西欧諸国と東欧諸国には根深い対立があります。しかも、EUの外部に対しては、いまだ主権国家と同様の障壁をめぐらしています。
  EUという枠組みは、ある側面では、個別の国民国家を超えた統合の枠組みとなっていて、かつては国民国家の中央政府と折り合いが悪く敵対し(あるいは独立を求め)ていた諸地方――スペインのバスク地方、ブリテン王国のスコットランド州や北アイアランド州のカトリック派など――に国民国家の枠内にとどまる妥協の余地を与えました。EUという枠組みが、中央政府(イングランド州)による圧迫を緩和し、いく分かは救済する仕組みを提供しているからです。
  ところが、EUから分離したブリテン中央政府とイングランド州は今後、スコットランド州や北アイアランド州の抵抗や独立要求に悩まされることになるでしょう。
  そもそも、ドイツもアメリカも、かつては独立の政治体をなしていた多数の領邦や州のあいだの関税同盟や軍事同盟から統合が進んで国民国家を形成してきたのです。

  アメリカでは、ここ数十年、大統領選挙や連邦議会選挙のたびに、連邦内での深刻な利害対立と分断が目に見える形で噴出しています。中央政府(大統領府)の政策決定・遂行能力は目に見えて低落しています。それでも、政治的=軍事的単位としての連邦制国民国家という枠組みは各個たるものです。
  ドイツは、ナチスの時代を経て冷戦構造のもとで東西に分裂し、冷戦構造のもとでの長い対立ののち後、連邦共和国に再統合されました。それゆえ、国内にはいまだ深刻な東西格差と対立が存在します。ナチズムの苦い体験から、政治的には専制や独裁を防ぐために、ドイツ連邦国家の内部に相当の州分権性を維持していますが、財政や軍事に関しては集権の度合いが強く、外部に対して国民国家として高度の政治的な統合性・凝集性を保っています。

  EUが今後さらに統合を進めて、ドイツやアメリカがたどった歴史を後追いするように、多数の国民国家の集合体を超えた――国民ごとの分権性を保ちながら――統一的な政治体になるのか、逆に統合性を低めていくのかは予断できなません。

  とにかく今のところ、私たち人類の生活や行動は、国家権力や法体系(の狭量な限界)の作用、それゆえまた諸国家のあいだの関係によって、幾重にも媒介され、制約され、分断されているのです。

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