ターミナル 目次
「国家と国家」の隙間の落とし穴
原題について
見どころ
あらすじ
クラコウジアからの旅客
東欧市民の《生きる力》
人びととの出会い
美女のフライトアテンダント
恋の橋渡し
ヴィクトルの旅行の目的
がんばれ! ヴィクトル
「国家と国家の法」の呪縛
国家権力の作用の法的問題
国家主権と市民権
国家と市民は対峙し合うもの
「市民と国家」の関係
リヴァイアサン
国家的統合と市民権
国家と市民との妥協としての社会契約
人権を取り巻く政治的=軍事的環境
ヴィクトルの大らかさと勇気
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阿弥陀堂だより
アバウト・ア・ボーイ
のどかな信州の旅だより
信州まちあるき

■リヴァイアサン■


岩波文庫のホッブズ『リヴァイアサン』邦訳。表紙の図案は、原書の初版にあった絵で、山をも凌ぐ巨人が鎖帷子をまとい、王権の象徴である王冠・杓丈・宝剣を携えて人の住む世界に現れようとしている。この巨人は海の大魔獣レヴィーアタンで、ここでは王の権力を示すために人格化され人間の形として描かれています。

  イングランドのピュアリタン革命期(1651年)に哲学者トーマス・ホッブズは、多数の住民が市民権を保障され、安全に経済的・文化的活動を営むことができる状態は、平和秩序を維持するために絶対的な権力を保有する中央政府 commonwealth を形成するために住民たちが社会的契約を取り結ぶことによって生まれるべきものだと説きました。
  ホッブズによれば、
  人間たちは「自然状態」では自らの利害と生存のために、みな互いに自然権を行使し合うため、万人それぞれのそれそれに対する闘争が展開し、平和秩序は成り立たない。この闘争による混乱状態を克服して平和秩序をもたらすためには、人びとは自然権を政府=コモンウェルスに全面委譲し、平和秩序を打ち立てさせなければならない。
  かくして成立するコモンウェルス=中央政府は、あたかも『旧約聖書』「ヨブ記」に登場する巨大な海洋怪獣レヴィーアタン Leviathan のごとく無敵の恐ろしい存在で、全能にして絶対的な権力を保有することになる、と。
  そのさい、ホッブズはこのコモンウェルスの担い手として、アングリカン教会組織の首長でもあるイングランド王権を想定していました。そして人びとは今や国家状態のもとでは、コモンウェルスに従属する臣民 subjects でしかなく、そういう関係が成り立っている限り、コモンウェルスの担い手=王権に対する抵抗権や革命権は持ちえないことになります。
  この理論は、「王権による支配」の正当性の根拠を神によるものではなく、住民の社会的契約=合意・妥協によるものとしている点で「王権神授論」に代わる新たな思想となりました。


  ホッブズの理論は、絶対王政を正統化するイデオロギーとして機能したものとされています。
  ところが、人民が彼ら相互の敵対関係を脱して秩序を樹立するために結んだ社会的契約=合意に王権の存立根拠を求め、しかもそれが怪物のような権力を保有し行使する存在としていることで、王権国家装置を一般人民(市民社会)から分離し一般住民と対蹠する存在として認識する視座を確立しました。
  この認識は、そのときどきの王権が構築した秩序が多数派人民の利害にとって不適合ならば、秩序形成のための社会的契約を解除して王権を放擲・排撃し、新たな政権を樹立する可能性の余地を示すものでもあったのです。この場合、革命闘争は「社会契約であるコモンウェルス状態」をひとたび解除・解体して闘争を展開し、新たな「社会契約であるコモンウェルス状態」を構築する過程ということになります。

  思想史的には、人民の社会的契約によって自然状態における敵対や混乱から脱して秩序を形成するというホッブズの論理構成は、ジョン・ロックの統治=政府理論に受け継がれました。ロックの思想は、名誉革命期に議会庶民院の多数派、すなわちステュアート王権を倒して新たな王権を樹立した勢力を支持するものでした。
  人民・市民は、圧倒的多数派の利害に沿って政権を選択・樹立する権利を保有するという論理です。
  このときの議会庶民院多数派の立場は、王の権力がさまざまな国家装置――すなわち政府や議会、軍や司法機関など――を統括し指揮するのではなく、王は国家装置のひとつでしかなく、それを庶民院が統制し、庶民院の多数意見にもとづいて王権政府を組織・運用しなければならないというものでした。
⇒イングランド革命史に関する考察

  人間社会の内部での利害の対立や敵対を封じ込めて統治秩序の枠内に社会を統合する必要性を根拠として国家権力が出現・成立するという論理構成は、やがてカール・マルクスやフリードリヒ・エンゲルスの「階級国家論」に受け継がれることになりました。

  マルクスやエンゲルスの国家観には多様な要素が含まれていましたが、ソ連型マルクシズムはそれを「国家の本質は階級支配・抑圧だ」「国家とは階級支配の道具だ」というような単純化された粗暴な国家論に矮小化し、切り縮めてしまいました。そこでは、国家現象は国家装置――しかも抑圧装置や軍隊――だけに一面化されてしまったのです。
  これに対して、西ヨーロッパでは1960〜80年代にドイツの理論家たちによる「国家導出論争」やギリシア出身の哲学者ニコス・プーランツァスの試みによって、世界経済も含む社会システム全体の文脈のなかに位置づけて「国家というもの」を構造論的に把握する方法が模索されました。

◆利害対立と統治秩序◆
  さて、マルクシズムのように階級敵対を国家の存立根拠と見なすかどうかはさておいても、政府権力の掌握や政府への影響力の優劣をめぐって政党や官僚集団、業界団体などが争い、駆け引きを繰り広げるのは、私たちが日ごろ目にしている政治劇です。政府の政策にどの階層の利益が最も大きく反映されるかについても、客観的に分析できます。中央政府の政策運営における優遇や選別は当然の事実です。
  たとえば、世界市場での優位をめぐって諸国民国家が競争している現状では、「自国経済の国際競争力を高める」のが国民ネイションの生活水準のi維持や向上のために必要だ。したがって、この経済的競争をリードする各国の有力企業(つまり大資本)の経営活動を優遇・支援するような経済政策を策定する・・・。これは世界のほとんどの国家の経済政策の原則となっているといえます。

  「先進諸国」では、社会福祉制度や社会政策によって所得の再分配がおこなわれているものの、国内の経済資源の決定的な部分が有力企業の経営を優遇・支援するような形で政府が政策を運用しています。これは誰も否定しえない事態で、最近ではむしろ有力企業と庶民の格差、貧富の格差が広がりすぎたことを憂慮し、富や財の分配の是正のための政策が課題となっていることを、各国の政権与党が表明するようになっています。

  「先進諸国」ではどの国でも格差や利害対立が顕著ではあるものの、安定した秩序はありがたいもので、政権政党の交替はあっても、統治秩序の転換にいたるようなことはまずないようです。

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