ターミナル 目次
「国家と国家」の隙間の落とし穴
原題について
見どころ
あらすじ
クラコウジアからの旅客
東欧市民の《生きる力》
人びととの出会い
美女のフライトアテンダント
恋の橋渡し
ヴィクトルの旅行の目的
がんばれ! ヴィクトル
「国家と国家の法」の呪縛
国家権力の作用の法的問題
国家主権と市民権
国家と市民は対峙し合うもの
「市民と国家」の関係
リヴァイアサン
国家的統合と市民権
国家と市民との妥協としての社会契約
人権を取り巻く政治的=軍事的環境
ヴィクトルの大らかさと勇気
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■「市民と国家」の関係■

――国家形成における王権と市民ブルジョワジー

  しからば、「市民なるもの」は国家権力ないし政府権力といかなる関係に立つのでしょうか。

  ところで、近代的な意味での「国家」とは、一定の地理的範囲の住民集合の政治的な組織状態であって、それはひとまとまりの政治体をなしています。資本主義的世界経済のなかでは国家は武装した自立的な軍事単位として振る舞い、優位を求めて互いに競争・対抗し合い、ときに同盟することもあります。
  そのような国家は、ヨーロッパにおいて中世後期以降、領主あるいは都市団体が支配するごく小規模の政治体(小王国や小侯国、都市国家)が多数ひしめき合う状態のなかから、軍事力の対抗をつうじて、有力な君侯が周囲の政治体を統合・併合することで形成されてきたのです。領土の地理的範囲と国境は、国家形成をめぐって競争し合う君侯たちの間の戦争や外交駆け引きの結果としてでき上がってきました。だから、近代のドイツとフランスのように戦争のたびに国境線が引き直されることもありました。
  日本も、無謀な戦争と敗戦の結果、かつてロシア帝国との条約によって平和的・合法的に獲得した樺太と千島列島を失って、冷戦構造に対応する国境線の変更・縮小を強制されました。国境とは軍事環境の派生効果でしかないのです。

  してみれば実際の歴史過程では、ヨーロッパ各地の住民諸集団が、国家形成の過程をつうして国境という障壁によって地理的に分断され、国民という政治的集合に組織化されていき、こうして自らをフランス人とかブリテン人、ベルギー人として意識するようになったのです。

  そして、日本がモデルとしたヨーロッパでは、近代国民国家の初期的な枠組みを準備したのは各地の有力な王権でした。そのさい、土地貴族=地主領主層はもとより、ヨーロッパ世界市場で通商競争を繰り広げる諸都市や商人の団体もまた、宮廷や王の諮問機関である身分制議会などの国家装置の周囲に結集して、王権政府の支援――重商主義的政策――を取りつけようとしたのです。
  世界貿易・世界金融を営む富裕商人層は、没落していく貴族の所領と称号を買い取ったり、中央宮廷や都市の官職を財力に物を言わせて買い取ったりして貴族身分を獲得し、従来の貴族層と融合していきました。他方で土地貴族層も土地経営の商業化に対応し、資産の金融市場での運用などをつうじて都市の富裕商人層と融合していきました。
  こうして土地貴族と都市商業資本の同盟――土地と貿易の同盟――ができ上がって王権政府を支え、将来の国民的統合の中核となったのです。


  ところが、土地貴族と商人とのエリート同盟は、王権の政策運営や税制・財政運営をめぐってその内部で利害が対立・分裂して分派闘争を展開することもありました。イングランドの2つの市民革命やフランス革命は、そのような分派闘争の帰結であり、特殊な形態でした。とはいえ、イングランドの諸革命とフランスの革命とは、それが位置していた歴史的文脈がかなり違ったため、ずい分異なった展開形態と結果になりました。
  そのさい、土地貴族と商人はそれぞれに――王権派と反王権派という――2つの陣営に分裂して闘争したのです。その革命闘争のなかで彼らは、王権が担っていた政府組織=国家装置を「自ら掌握の目標」あるいは「破壊攻撃の対象」として認識するようになります。そして結局のところ、政権の意思や行動を議会をつうじて統制するレジームを樹立することになったのです。
  王家が議会の統制に従わない場合には、王家を取り換えるか王政そのものを廃絶するかという選択になりました。

  王政レジームのもとでは貴族と富裕商人は特権としての市民権を与えられ統治に参加する身分であったことから、このような闘争・革命運動のなかで国家の秩序をどうするかという問題は「王の政府と市民との関係」の問題という形で問われることになったのです。イングランドでの典型としては、トーマス・ホッブズとジョン・ロックの思想を見てください。

◆政治の科学と統治の理念◆
  「国家権力と市民との関係」ないし「王権政府と人民との関係」という論題は、いわば王権による統治または王権政府の正統性の根拠をめぐる理念上――社会契約論上――の問題ということになりました。なので、17世紀後半の革命期イングランドで展開された政治理論は、現実の政治権力の分析としては、15世紀末〜16世紀初頭にマキァヴェリが著作『君主というもの』で提起した政治理論よりも、リアリティという点ではずっと稚拙で遅れたレヴェルのものでした。
  現実の政治における権力闘争や駆け引きをめぐるダイナミズムの認識という点では、社会契約説はたしかに大した意味がありません。マキァヴェリがいわば「政治の科学的分析」の方法を提起したとすれば、17世紀のイングランドの思想家たちはブルジョワジーのイデオロギーとして「国民国家の統治の理念」を打ち出したということです。
  マキァヴェリは、イタリアをめぐるヨーロッパの諸王権の対抗、イタリアでの弱小都市国家群の分立という政治的・軍事的状況下で、都市国家の君主権力の存立基盤や君主の行動様式、君主政府の運動形態、統治手法などを、全体的かつ批判的視点から、君主の権力をめぐる従来の美辞麗句やキリスト教神学理念を剥ぎ取ってリアルに分析したのです。

  しかし、国家権力と市民社会との関係、政府や統治権力と市民・人民との関係という問題は、17世紀半ば〜末のイングランドでは、王権によってひとまず国民的統合の枠組みが準備されたという歴史的状況を前提として、政府権力と人民との緊張・対抗関係を検討し、人民・市民の国民的統合をどのように組織すべきか、市民集団は政府権力とどのように向き合い、これを統制すべきかを問いかけているのです。
  その点で、多数の小規模な都市国家群が分立・対抗し合っていた15〜16世紀のイタリアの政治的状況よりも国家形成が進んだイングランドの状況を表現するものでした。

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