さて、冒頭のシーンでざっと物語が展開する背景のあらましを描いたあとに、飛行機から撮影した、首都ワシントン特別区を俯瞰する映像が続く。チェサピーク湾からポトマク河を遡り、首都の中心部に近づいていく。やがて、ホワイトハウス、ワシントン記念塔などが眼下に見えてくる。
政治的駆け引きと「権謀術数」が渦巻くワシントン特別区。
その街区を意気揚々と歩く男がいる。それが主人公で、彼は前大統領夫人の警護任務の期間中に修士号を取得し、その任務期間をようやく終えてキャリアに一段と箔をつけて、財務省本部に戻っていくところだ。
財務省の特別警護隊(シークレットサーヴィス)のダグラス・チェズニク主任は、ワシントンに向かう航空機の座席で、ようやく重圧と混乱から解放された安堵感に浸っていた。
その日の朝まで、ダグラスは前大統領夫人、テレサ(テス)・カーライルの警護の任務についていた。
彼は、朝一番の仕事として、朝食をもって2階の彼女の寝室に向かった。部屋のドアの前で、思い出したように、ショルダーホルスターから銃を外して、廊下の卓上に置いた。テスは、彼女の私室に銃で武装した警護官が入るのを嫌っていたからだ。 ノック。返事なし。ふたたびノック。やはり返答なし。
ダグラスはもう一度ノックをしようとしてやめた。代わりに、ドア越しに声をかけた。これを最後にテスの警護から離任する挨拶の言葉を発した。
「私の任務期間は終了しました。これで、ワシントンに帰ります」
それからしばらくして、空港に着いたダグラスはワシントンへ向かう航空便に乗り込んだ。
混乱と屈辱に満ちた特別任務がようやく終わった。これでもう彼女の気まぐれとわがままに振り回される機会もない。長い3年間だったが、ほっとした、と。
ダグラスはテスが住む邸宅での生活をちょっぴり苦い思いで振り返った。
邸宅の場所の地名は「サマーヴィル」だが、冬に雪が積もる閑静な高級住宅街ということなので、マサチューセッツ州ケインブリッジの近くのサマーヴィルだと思う。が、リムジン車=リンカーンのナンバープレイトはオハイオナンバーで、コロンバスという都市の近隣にあるようなので、オハイオ州にもサマーヴィルがあるのかもしれない。
前大統領夫人テスは、先頃夫を亡くして、郊外の邸宅に1人暮らし。政治家としては凡庸な夫を支えて――影で動かして――政権を切り回した豪腕でチャーミングな賢婦人は、いまでも合州国市民の大きな人気を保っている。彼女の言動がマスメディアをにぎわすことがある。