不機嫌な赤いバラ 目次
品位と孤高、プライドとわがまま
原題と原作
見どころとテーマ
あらすじ
連邦財務省の・・・
「独立国家」としての州
合州国の国家的統合の進展
連邦での財務省の役割
振り回される警護班
ダグラス・チェズニク
現職大統領
テレサ・カーライル
人生の黄昏を迎えて
女心は墓場まで
ぶつかる個性
大統領の命令
テスの病状と悩み
ひとりの人間として
政権の思惑とテス
誘拐事件
テスの独擅場どくせんじょう
後 日 談
官僚はつらいよ
毅然と生きる老婦人の物語
マダム・スザーツカ
大誘拐

現職大統領

  そのせいか、彼女の影響力に感謝し、彼女の口から発せられるかもしれない辛辣な政治評価を恐れている者がいた。ほかならぬホワイトハウス(カーサブランカ)の主、現役の大統領だ。
  というのも、前大統領が引退を目前にしたときに、彼が妻のテスの助言を受けて、党内での次期大統領候補として当時副大統領だった現大統領を指名=推薦したからだ。大統領はテスに大きな恩義を感じるとともに、彼女の辛辣な言葉や政治情勢を的確に見抜く洞察力を恐れてもいた。
  全国的に高い人気を誇ったファーストレディが後任として推した有能な指導者として、いまの大統領は選挙戦でつねに優位を保って、ホワイトハウスに凱旋することができた。
  したがって、テスに対する大統領の気遣いは並大抵のものではない。そして、任期のうちすでに3年間が過ぎ、そろそろ再選を狙って基盤固めに万全の注意が必要な局面に入っていた。

  その大統領は、ダグラスがサマーヴィルのカーライル邸を出て間もない時刻に、テスからの電話を受けていた。信頼するダグラスをぜひ警護の任務に戻してほしいという懇願だった。策略のためにはめっぽう知恵が回るテスのことだ、引き換えに、今度の党内選挙と大統領選挙では、感謝の印として「しかるべき」態度を示すとでも言ったに違いない。
  ダグラスが愉快な気分で南西に向かうシャトル便のなかでくつろいでいた頃、大統領は朝一番で財務省の幹部に電話をして、ダグラスのテス警護への復帰を命じた。

  さて、ダグラスは眼前に開かれようとする有望な前途を夢見て、財務省本部に帰任した。ただちに部長の呼び出しを受けた。休暇取得ののち、キャリアの階段をいくつか上った地位と任務を指示されるはずだ。期待を胸に秘めながら、ダグラスは部長室のドアを開けた。
  だが、ダグラスを待っていたのは、衝撃的な言葉だった。
  大統領の命令でただちにテスの警護に復帰せよ、というものだった。
  ダグラスは、部長に拒否したい旨を伝えた。すると、部長はこれは大統領命令で財務省に籍を置き続ける限り拒否はできない、と返答した。
  それから2時間もたたないころ、カーライル邸の裏口(調理室)のドアが開いた。シェフと運転手たちが暇を持て余しているさなかに、憮然とした面持ちのダグラスが、入ってきた。シェフは「お帰り」と当然のことのように挨拶した。ダグラスは仏頂面のまま、2階への階段を昇っていった。

テレサ・カーライル

  テレサの寝室のドアの横には、朝早くダグラスが置いた朝食がそのままになっていた。ダグラスは銃をホルダーから外して卓上に置き、朝食のトレイを手にして、部屋に入った。
  テスは、ベッドに起き上がって、雑誌記事の切抜きをしていた。
  ダグラスは、ベッドの脇の卓から積み上げてある雑誌を取りのけ床に置いてから、トレイを卓に乗せた。無言のダグラスはうやうやしく数歩引き下がってから、テスを問い詰め始めた。
「なぜ私を引き戻したのですか」
「あなたが気に入っているからよ。…それよりダグ、床に雑誌が落ちているわ。拾っていただけるかしら」
「はい、マダム」
  論争や駆け引きでは、歴戦の猛者に若造はかなうわけがない。さらに問い詰めようとするダグラスに向かって、毅然とした態度でテスは指図を続けた。
「喜んでちょうだいな。外出したくなったの。オペラを見に行きます。出発の手配をしてくださらないかしら」
「イエス サー」

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