ダグラスとの信頼関係を気づき上げたことで鬱々とした気分から抜け出したテスは、相変わらず――ちょっぴり遠慮を加えながら――わがままと気紛れを押し通しながらも、周囲から求められる社会的な役割を引き受けるようになった。
で、彼女は、ジェイムズ・カーライル記念図書館の開設記念式典でのスピーチ(とホステス役)を引き受けた。懸命にスピーチ内容や会場の設定・演出などを検討し始めた。そうなれば、ほんの数年前まで、ホワイトハウスを切り盛り、采配を取り仕切ってきた才覚が物を言う。
この式典には、現大統領も列席する予定だった。再選戦略のなかに位置づけられているわけだ。
ところが、直前になって大統領の出席が取り止めになった。代わりにホワイトハウスは、女性の商務長官を派遣してきた。
再選戦略上、大統領が出向かなければならない、もっと重要な場面が出現したらしい。記念図書館の式典はテスに任せておけば大丈夫という腹積もりなのだろう。顔を売り、票を稼ぐために赴かなければならない、別の政治舞台を優先したのだ。
それでも テスは、他者をおのれの利益や目的の手段として利用する政治の世界 の仕組みをイヤというほど知っている。大統領の欠席についてはまったく気にせず、悠揚迫らぬ毅然とした態度で式典を取り仕切り、巧みに演出し雰囲気を盛り上げて、参加者を魅了した。
政治的・公的な役割を演じる最前線の持ち場に赴けば、冷徹に自分を抑制して状況を掌握する。エクス・ファーストレイディの面目躍如といったところだ。久しぶりにまだ衰えていない、もち前の才能を発揮することができ、自分らしさを再確認できたようだ。満足感を覚えながらも、テスは自分を冷静な目で突き放して眺めてもいた。
自分がいまだに市民のあいだに根強い人気を保ち、政権に対してもそれなりに影響力をもっているとしても、しょせん、「権力の手形取引き」の巨大な装置のなかの小さな1つの部品、歯車にすぎない。
テス自身、権力の高みに登った経験をもつがゆえに、賢明なる者として、自己の位置を冷徹に自己分析していた。
とはいえ、彼女自身まもなく消え去りゆく者どものひとりなのだ――周囲の値踏み相場が下がっていくことは避けられない流れ――と、何がしかの寂寥感を抱いかざるをえないことではあった。