近くの草原には救急救護ヘリコプターが待機していた。テスを乗せたストレッチャーはただちにヘリの機内に運び込まれた。そのあとから、FBIとCIAの主要メンバーが乗り込んだ。警護班も乗ろうとしたが、ヘリの救護要員から定員を超えたので、乗せられないと制止された。そこで、ダグラスたちは車で、行き先の病院に向かおうということになった。
ヘリは飛び立ち、ダグラスたちは野原を横切って車に向かった。
ところが、いったん飛び立ったヘリはふたたび元の位置に着陸してしまった。
着陸直後、救護要員がヘリから飛び出して、「テスがダグラス・チェズニクを呼んでいる」と喚呼した。喚呼は次々に伝言となって伝わり、ついに草原の端の警護班にも届いた。警護班メンバーは急いでヘリまで駆けつけた。
救護要員が彼らに呼集の理由を説明した。
「大統領から派遣された警護班のエスコートなしでは、私はどこへも行かない。病院にも」と言い張っているというのだ。テスは気位が高く気難しい女王の役を演じ始めたようだ。
救護要員は、ヘリの管理責任者の立場として、すでに乗り込んだ捜査官たちに、6人くらい降りてくれと指示した。あのいけすかないCIA捜査官も含めて6人が、憮然とした表情でヘリの外に降りた。代わりに、ダグラス以下6人の警護班が乗り込んだ。
ヘリはふたたび離陸して病院に向かった。
飛び続けるヘリのなかで、ダグラスが差し出した手を握り締めて、テスが言った。
「遅かったじゃない。あのシガレットライターの傷痕に気がつくまでに、何時間かかったの」
「申し訳ありません。あの手がかりに気づくまでに36時間が経過しました」
テスがダグラスを問い詰めていると思ったFBIチーフは、助け舟を出した。
「カーライル夫人、ですが、あの傷痕に気づいて運転手を問い詰めて、あの場所を聞き出したのは、ダグラス警護官の手柄ですよ」
まだ説明を続けようとするチーフを押し止めて、テスは本領を発揮しだした。
「捜査官、私はダグラスと話しをしているのです」(そんなことはわかっています。余計な口出しは無用)
捜査官はシュラッグ(肩をすくめた)。
「で、この捜査と救出劇では、あなた銃を使ったの」
「イエス、マーアム。運転手に発砲しました。足の指を打ち抜きました」
「足の指? まあ、狙いを外したの。あなたは銃が下手ね」
「イエス、マーアム」
テスは、生きている喜びと感謝を、ダグラスとの「一見辛辣な会話」という形で示していたのだ。
この辺の「会話の妙」はハリウッドならではだ。
映画は、後日談として、入院後回復したテスの退院劇を描いている。テスとダグラスの関係を表現するためだ。
退院当日。
身支度を整えたテスを待っていたのは、警護班だけではなかった。病院の男性看護師ひとりが、病院の規則にしたがって、車椅子を用意して、テスの病室の外に待機していた。そして、玄関に向かおうとするテスを押し止めて、「夫人、車椅子に乗ってください。それが病院の規則です」
「いやよ、そんな病人みたいなもの。自分の足で歩きます」
「それでは、退院の手続きが成立しません」
テスはすっかり回復したようだ。気丈なわがまま老女に戻ったのだから。
このとき、掛け合い問答が続きそうな気配に、ダグラスが仲裁を買って出た。
「看護師君、それは病院の規則上、回避できないもなのかい」
「はい、そのとおりです」
ダグラスはテスに向き直った。
「ではマーアム、車椅子にどうぞ」
「ダグラス、あなたには負けたわ。いいでしょう、では車椅子を」
少し変わった女王の行列が動き出した。
ただし、彼女の後ろにつくのは、看護師と警護班だけではない。玄関までの道筋で出会った病院のスタッフが、この行進に加わった。テスの個性に魅了された人たちが大勢いるのだ――それに、この老女がいくところ、面白い見ものがあるに違いないと興味をかき立てるのかもしれない。玄関ロビイには、大がかりなマーチが出現した。
さて、このあと邸宅に戻ると、テスは電話でホワイトハウスの大統領を呼び出した。
「ねえ、明確に約束してちょうだい。私が死んだのちも、ダグラス警護官の面倒をきちんと見ますと。彼は私の『自慢の息子と』も言えるのだから」
やれやれ、気丈な老婦人だ。
再選戦略の佳境にある大統領に、つまり拒否できない状況下で、強気の取引きを申し込んだのだから。
・・・というしだいで、ワシントンの政治のありさまを痛烈に皮肉りながら、これだけ面白いヒュ-マン・コメディをつくり上げた制作陣に拍手を送りたい。