不機嫌な赤いバラ 目次
品位と孤高、プライドとわがまま
原題と原作
見どころとテーマ
あらすじ
連邦財務省の・・・
「独立国家」としての州
合州国の国家的統合の進展
連邦での財務省の役割
振り回される警護班
ダグラス・チェズニク
現職大統領
テレサ・カーライル
人生の黄昏を迎えて
女心は墓場まで
ぶつかる個性
大統領の命令
テスの病状と悩み
ひとりの人間として
政権の思惑とテス
誘拐事件
テスの独擅場どくせんじょう
後 日 談
官僚はつらいよ
毅然と生きる老婦人の物語
マダム・スザーツカ
大誘拐

誘拐事件

  そんなわけで、過去の栄光や苦悩をひっくるめて自分の人生を振り返ってみたくなったものか、テスは突然湖沼地帯に出かけたいと言い出した。護衛はダグラス1人。車に簡易テイブルとティーセットを乗せて、冬の寒気が覆い尽くす湖の畔に繰り出した。ダグラスは、テスの気持ちを思いやって、この外出を許可したのだ。
  テスは湖面を眺めながら、悠然とお茶の時間を過ごした。何か深い物思いにふけっていたようだ。
  だが、寒く湿気の多い場所。老婦人に長居を勧めることはできなかった。ダグラスはテスに近づいて帰宅を促したが、彼女は眠りに落ちていた。ダグラスは、テスを抱きかかえてリムジンの後部座席まで運んだ。運転手はテイブルを車のトランクに戻した。ダグラスは残った椅子を取りに湖の畔に戻った。

  ところがそのとき、車がダグラスを置いてけぼりにして走り去ってしまった。そのとき一瞬、「またやられた」と思った。しかたなく、ダグラスは椅子を抱えて近くの住宅まで歩いて、電話を借りてカーライル邸の警護班に連絡を入れて、緊急対策を手配した。
  ダグラスは、今度はテスの悪戯ではない、という直感を抱いていた。
  邸に戻り、地元の警察とも捜査態勢について打ち合わせをしたが、どうも様子がおかしい。略取=誘拐などの犯罪事件に巻き込まれているのかもしれない。そこで、2時間後もまだテスの行方が摑めない場合には、「要人誘拐事件」として財務省本部に報告することにした。

  2時間後の通報を受けて、真夜中に、中央政府の緊急対策・捜査ティームがヘリコプターを連ねてやって来た。指揮官グループは、FBIを主力にCIAも含めて6、7人。ダグラスから失踪当時の状況やその後の地元警察の捜索状況を聞き取った。そして、カーライル邸に乗り込み、追い出すように警護のシークレットサーヴィスの撤収を要求した。
  ダグラスは、CIAの幹部までが捜査に加わっているのを訝しがった。FBIの捜査チーフによれば、この誘拐にはアラブ系のテロリスト組織が関与している可能性が高いというCIAの分析結果を受けてのことだという。
  CIAの捜査官は、エリート臭ぷんぷんの男で、警護班の失態をことさらになじった。ダグラスは失態を認め、ことさらの非難は軽く受け流した。
  だが、こんな田舎=郊外の住宅地の近辺にアラブ系の人間が出没したら、目立ってしょうがないだろうに、と警護班メンバーは半信半疑だった。

  やがて、地元警察から連絡が入った。リムジンと運転手が発見されたというのだ。運転手は麻酔薬を投与されて意識不明とのことだ。車内には身代金を要求するメッセイジが残されていた。通常の誘拐の手口ともかなり違っていて、どうもチグハクな様相だ。
  ダグラスは、あの運転手が怪しいと睨んで、警護班独自に捜査を進めようとした。誘拐捜査の経験を積んだFBIのチーフは、ダグラスの判断を尊重して、いっしょに運転手が入院している病院に同行することにした。
  というのも、明白な「物的な状況証拠」が確認されたからだ。
  運転手は、首筋の後ろに半インチほどの円形の真新しい火傷の痕を残していた。ダグラスの判断では、あのしたたかで手八丁のテスなら、誘拐されたことを知ったなら、手近の武器になるもので反撃・抵抗を試みたはずだ。車の後部座席のシガレットライターを抜き取って、運転手の首に押し付けて暴れたに違いない、という読みだった。病室の運転手の首の火傷痕は、ダグラスがリムジンから抜き取ってきたシガレットライターの形にピッタリだった。

  病院では、ダグラスとFBIチーフが病室に入って運転手から事情聴取と尋問をおこなった。質問を受けているうちに、運転手は自分が第一容疑者にされていることに気づいた。そこで、運転手は、ダグラスとテストがしょっちゅう喧嘩していたことを話して、怪しいのは警護主任だと反論した。だが、執拗な尋問は続いた。
  運転手は、質問を巧妙にはぐらかしていた。
  ダグラスは、ここは強硬な威嚇によって一刻も早く情報を引き出さないと、テスの健康状態が危ぶまれるし、誘拐犯たちは、彼らの顔を見たはずのテスの命を脅かす行動に出るに違いないと判断した。
  いきなりホルスターから拳銃を抜くと、運転手に迫った。そして、告白しないと5秒後には右足の指、次の5秒後には左足指、次は左手、右手、最後は頭に食らわす、と脅した。
  違法な尋問を止めるために、FBIチーフは自分の拳銃を構えて、ダグラスに制止を命じた。
  けれども、ダグラスは威嚇尋問を続け、5秒後、ついに運転手の右足親指を撃ち抜いた(かすった程度か)。怯え切った運転手はついに白状した。
  ダグラスに拳銃を向けたEBIチーフは、ダグラスと打ち合わせて「芝居」を打ったらしい。何しろ大統領の直接命令による緊急捜査活動なのだ。多少の法規違反は、「国家的危機」への対処として処理できると踏んでのことだろう。

  捜査ティームと警護班は、運転手から聞き出した妹夫婦の農場に急行した。農場の家屋のなかには、男と女がいた。タイミングを測って、SWATが突入して、2人からテスの隠し場所を聞き出した。なんと、テスは箱に入れられて、農場の倉庫内の地面に埋められているという。
  倉庫の地面を調べると、通風口となる筒が突き出ているところがあった。捜査官たちはシャベルを使って、地面を掘り始めた。そこに、警護班メンバーが近づき、テスの救出に役立ちたいと言って、穴掘りをやらせてくれと申し出た。FBIは申し出を受け入れた。
  ダグラスたちは、冬のさなかに汗みどろになって土を掘り出していった。すると、木製の箱に突き当たった。箱の上板の上の土を取り除けると、警護班はテスを救出した。しかし、まる1日以上埋められていたテスはひどい姿だった。ダグラスは、テスの尊厳・威厳を守るために、毛布で彼女の全身を覆ってからストレッチャーに乗せた。

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