第6節 ドイツの政治的分裂と諸都市

この節の目次

ドイツの政治的分裂という事情

1 都市の統治装置の創出

ⅰ 参事会と参審人団

ⅱ 都市の財政構造

ⅲ 都市の財政と軍事力

2 都市の領域政策の展開と領主権力

ⅰ 都市の領域政策と領邦諸侯

ⅱ 教会組織との関係

ⅲ 裁判権力と通貨権力

ⅳ 帝国レジームと都市

3 都市同盟と地域同盟の試み

ⅰ ライン都市同盟

ⅱ シュヴァーベン同盟

ⅲ スイスの誓約同盟

4 領邦君侯の統治装置

5 領邦君侯による国家形成

宗教改革と農民戦争

ⅲ スイスの誓約同盟

  スイス=アルプス地方では、1291年に3つの州が「誓約同盟」を結成し、おもむろに自立化運動を開始した。スイス地方では都市や州のあいだの緩やかな同盟の形成が成功した。やがてチューリヒ、ベルン、ルツェルンは早くから周囲の地を政治的に支配する都市国家になり、強大な領域国家の形成をめざしたブルゴーニュ公の企図を打ち砕くことになる。1501年にはバーゼルがスイス誓約同盟に加わった〔cf. Rörig〕
  のちのスイス連邦共和国の母体となったこの同盟は、ブルゴーニュ公領とフランシュ=コンテ地方の支配権を継承したハプスブルク家の支配をも脱し、1648年にヴェストファーレン条約によって正式の独立国家として承認されることになる。
  スイス同盟の独立成功は、特異な地政学的条件に恵まれたことによる。
  山岳地形が大規模な軍隊の侵攻を防ぐ要害となったという地理的条件に加えて、州や都市を単位として砲兵と槍兵を中心とする軍の編成形態とその戦闘能力は際立っていた。またイタリアから南ドイツ、ネーデルラントにいたる交易路の要衝に位置するスイス諸都市の貿易活動と、スイス内の安全な通行の維持に多くの域外地方と君侯が依存していたこと、それゆえまた、フランス王権やハプスブルク家、ドイツ諸侯が互いに牽制し合う地理的配置だったこと。これらは、容易に見てとれる条件だろう。
  とりわけ、スイス人傭兵隊の強靭さについての評判はヨーロッパを席巻した。スイス諸州は、フランス王をはじめとする有力王権に精鋭の傭兵隊を貸し出し、彼らの軍事力の中核に入り込んでいたことも牽制要因の1つとなって、スイス同盟は独立を確保し続けたともいえる。
  さらに、プロテスタント諸派が独立を志向する方向に民衆を誘導するような心性や価値観(イデオロギー)を供給し続けたように見える。

  ところで、南西ドイツの諸都市は、都市が支配する共和政諸州と農村の諸州とが連合して固有の政治的凝集を形成していったスイスの例にならうこともなく、オーストリアの一部に組み込まれることもなしに、16世紀のはじめには独自の発展を始めた。

4 領邦君侯の統治装置

  では領邦君侯の統治機構はどういうものだったのか。13世紀から15世紀までの諸領邦の統治組織は、領邦国家形成の初期段階であって、きわめて単純だった。総体としての統治の中心は君侯自身と宮廷だった。宮廷の運営は家臣としての官職保有者たちが担っていたが、中規模以上の領邦では、彼らは領邦のなかで授封地をもつ小領主だったから、君侯は集権化――小領主群の統制――のために直属の家政官僚として宮廷長官 Hofmeister を置くようになった。
  長官の仕事は廷臣団の統制と君侯の領主法廷を主宰し、君侯の代理を務めることだった。行政機関としての宮廷全般は官房 Kammer と呼ばれ、君侯の身辺の世話をする侍従官 Kammerer と出納管理を行なう官房長 Kammermeister とその従者からなっていたが、やがて官房は財務管理の部署を意味するようになった。ただし、財務管理とはいっても君侯個人の金銭の出納を管理しただけで、直轄領地や領邦全体の財政にはかかわっていなかった〔cf. Hartung〕
  というわけで、君侯権力の拡大には領邦行政装置の創出が必要だった。こうした官庁の萌芽は文書局 Kanzlei だが、13世紀末には正規の組織となり、登録簿、授封目録、土地台帳などの管理という宮廷の文書業務だけでなく、統治全体に関する君侯の決定の書式化や経理の監督にまで手を広げた。経常的な財政管理は会計庁 Rentei という別の役所に委ねられ、領邦書記官 Landschreiber によって統括された〔cf. Hartung〕。これらの官職は君侯の家政行政装置 Hauswirtverwaltung に発展し、さらに長い年月を経て、領邦全体の財政管理の中核となっていった。
  また、君侯の要求に応じて助言・諮問を行なう宮廷会議としての顧問会議( consiliarius やがて Rat と呼称)が組織された。この会議は、それまでの領邦身分評議会 Landständrat という、領邦貴族身分から構成され、それゆえまた彼らの意思や利害に制約されがちな組織から独立に、君侯が選定した自己の助言者=顧問官からなる組織であった。そのメンバーは、常勤の宮廷官吏や君侯の特別の召集に応じて出仕する家臣などからなり、そのときどきの案件について居合わせた顧問官が集まって審議・諮問するにすぎなかった〔cf. Hartung〕。このように場当たり的だったのは、そもそも当時は固定した中央政庁もその恒常的な所在地もなく、「領邦の平和 Landfriede 」の維持のために領邦内を巡回する君侯に従って宮廷家臣団も移動していたからであった。そして、多くの領邦では旧来の貴族家系が減少してしまい、自立した身分になりつつある君侯の家政役人 Minisiteriale 、代官などの下級騎士と身分的に融合していった。
  領邦君侯の主な収入、つまり所領の農業経営からあがる収益や農民からの貢租地代――としての余剰生産物――は、はじめはだいたい現物=農産物であったから、巡回する君侯と宮廷によって消費されていた。領邦内の集落では君侯の巡行に合わせて祭礼や教会の催しが開かれて、獣肉や穀物、ビール、ワインなどの余剰生産物が、君侯の権威や「ありがたみ」を誇示するために住民に振る舞われた。
  領邦財政の収入にはこのほか、帝国から与えられた(あるいは奪った)領主高権 Regalien や手数料による収益で、関税、造幣税、塩や貴金属などの鉱物採取権、裁判や文書作成の手数料などがあった。さらに、戦役や裁判での役務、建築や道路造営の夫役、駅伝人足・替え馬の提供など、貨幣によらない賦課の調達があった。13世紀には、領邦君侯はこれらに Bede という租税を随意に徴収する権限を追加しようとして、領邦諸身分と対立した。また、君侯は、戦役などでの軍備や身代金支払いのための一時的な賦課金を要求して、身分評議会の同意を求めることがあった〔cf. Hartung〕

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世界経済における資本と国家、そして都市

第1篇
 ヨーロッパ諸国家体系の形成と世界都市

◆全体目次 章と節◆

⇒章と節の概要説明を見る

序章
 世界経済のなかの資本と国家という視点

第1章
 ヨーロッパ世界経済と諸国家体系の出現

補章-1
 ヨーロッパの農村、都市と生態系
 ――中世中期から晩期

補章-2
 ヨーロッパ史における戦争と軍事組織
 ――中世から近代

第2章
 商業資本=都市の成長と支配秩序

第1節
 地中海貿易圏でのヴェネツィアの興隆

第2節
 地中海世界貿易とイタリア都市国家群

第3節
 西ヨーロッパの都市形成と領主制

第4節
 バルト海貿易とハンザ都市同盟

第5節
 商業経営の洗練と商人の都市支配

第6節
 ドイツの政治的分裂と諸都市

第7節
 世界貿易、世界都市と政治秩序の変動

補章-3
 ヨーロッパの地政学的構造
 ――中世から近代初頭

補章-4
 ヨーロッパ諸国民国家の形成史への視座

第3章
 都市と国家のはざまで
 ――ネーデルラント諸都市と国家形成

第1節
 ブリュージュの勃興と戦乱

第2節
 アントウェルペンの繁栄と諸王権の対抗

第3節
 ネーデルラントの商業資本と国家
 ――経済的・政治的凝集とヘゲモニー

第4章
 イベリアの諸王朝と国家形成の挫折

第5章
 イングランド国民国家の形成

第6章
 フランスの王権と国家形成

第7章
 スウェーデンの奇妙な王権国家の形成

第8章
 中間総括と展望