|
そんな「のだめ」の謎のなかでも一番は、ピアノの演奏(曲の理解)をめぐる能力です。
彼女は、耳と目がすごくいいのです(音感と動体視力が天才的に素晴らしい)。
演奏を聴いただけで、鍵盤の上の指の動き、キイを弾く強さ、テンポなどを瞬時に把握してしまいます。超絶的な手や指の動きも見逃しません。
あるいは、鍵盤上の指の動きを見ただけで、頭のなかに音階が響き渡るようです。音を聞けば鍵盤上の位置がわかるのです。
なのに、いや、それゆえにというべきか、楽譜の理解がまるでだめ。ピアノの鍵盤というのは、五線譜とまったく同じつくりになっているはずなのに。
楽譜から演奏の方法、様式、テンポや休止のタイミング、強弱を読み取ることが苦手だということです。まあ、自分の好きなように感覚で覚え込んでしまうということです。
しかし、音楽の門外漢の私から見ると、それはすごく不思議です。
ピアノのキイボード(頭のなかでの鍵盤)は、楽譜や音楽記号と同じように、音それ自体からかけはなれた抽象的な物体、つまり一種の記号です。
一方で、彼女は耳と目で捉えた情報をキイボードの操作に直ちに置き換えることができるとすれば、同じように抽象的な音楽記号=楽譜だって理解力が大きいはずではないかと。
つまり、五線譜上の音符の位置と鍵盤上の位置は両方とも、空間的・幾何学的なイメージ表象です。
だから、聴いた音をただちに鍵盤上の位置とその動きに移しかえることができるなら、楽譜にも置き換えるのも容易ではないかという疑問です。
つまりは、耳から聴いた音をすぐに音符や五線譜と同じような抽象的な記号の操作に置換し、かつ具体的な音階の動きやリズムという情報に転換できる能力には、すこぶる秀でているわけです。
では、なぜ楽譜からしかるべき音階や奏法をイメイジできないのでしょうか。
要するに訓練不足、経験不足、知識不足で、楽譜という記号の集合が表象する音楽の世界がとらえられないのということになるのでしょう。
楽譜と実際の音とを結びつけるインターフェイス、パラメーターが用意されていないのです。
彼女の関心がそういうものの獲得には向いてこなかったからです。
まあ、天賦の才能がある人にありがちなことだとは思うのですが。