刑務所に本格的な図書館ができ上がったある日、アンディは州政府から届けられた書籍の箱のなかに、音楽のレコード(LP)が何枚かあるのに気がついた。彼はそのなかから、1枚のLPを手に取った。
ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルトの「フィガロの結婚」のなかのアリア集だった。しばらく思いにふけってから、アンディは放送室に入り込んで、レコード盤に針を落とし、マイクを近づけた。
所内のスピーカーから流れた曲は、「フィガロの結婚」第3幕で歌われる女声デュエットのアリア「まあ、何て心地よい(やさしげな)西風かしら――Che
soave Zeffiretto !――」。歌うのは、エディット・マティスとグンドゥーラ・ヤーノヴィッツ。
オペラのこの場面では、浮気っぽいアルマヴィーヴァ伯爵をとっちめてやろうと、ある計略を談合した美女2人、伯爵夫人ロジーナとスザンナ(フィガロの婚約者だが、いまや伯爵の浮気の餌食にされようとしている)が、高揚した気分で、心地よいそよ風を浴びながら歌う・・・そんな曲だったと記憶している。
まあ、とにかく美しい旋律とデュオ。2人の伸びやかで美しい声が、何かやさしげな響きを紡ぎ出す。
そんな美しいアリアが、高い支柱に取り付けられたラウドスピーカーから流れ出て、殺伐とした刑務所の空間に響き渡る。何しろ、教養のかけらもない連中ばかりで、殺人や強盗などの犯罪をするしかない状況に追い込まれた面々だ。
けれども、そんな彼らの心のなかにまで、美しい歌声は浸透し、「この世には素晴らしいもの、美しいものがあるんだ」という素朴な直感を呼び起こした。
ショーシャンクの空に響き渡った歌声は、受刑者たちに「美しい天上の世界」「この世の憧れ」、そんなものを連想させたようだ。
この映画の邦題は「ショーシャンクの空に」。これは、このシーンからインスパイアされたのではないだろうか。私はそう確信する。
最初に映画館で見たとき、この曲がこんなにも美しいものだったんだ、と思い知らされた。
ところで、この場内放送は、アンディが所長の許可を得ずに、放送室を勝手に占拠しておこなったものだ。
当然のことながら、所長は怒りまくって、すぐに放送をやめさせるよう刑務官たちに命令する。ハドリーたちが放送室のドアまで行くと、しっかり施錠してあった。アンディは、受刑者全員の(この世の美しいものの存在を直感的に知らせる)ために、いわば確信犯として、こんな行為に出たのだ。
ハドリーは窓を破って鍵を開けてアンディを拘束した。そして、ウォーデンは、アンディを懲罰独房に2週間閉じ込めることを決定した。
アンディは以前に、屋上の作業中に仲間にビールを飲む機会をプレゼントしたことがある。今度は、全員の心に美しい音楽を送り届けたのだ。粋な反逆ではないか。