懲罰独房から出たアンディはすっかりおとなしくなっていた。
ウォーデンは、アンディを完全に屈服させたと思い込み、悦に入っていた。権力を行使し人びとを支配する者の思い上がりと迂闊である。自分が踏みつけにする者たちの意思や意識なんか、はなっから考えようとしない、そういう立場の者たちは、得てして、蹂躙された者たちの深い怒りや決意について無頓着・鈍感になる。
ところが、レッドたちは、一見従順に見えるアンディの眼差しが不退転の決意、固い意志を秘めているのを見逃さなかった。アンディがその意志を貫くために、強い自己抑制をかけている、その雰囲気というか緊張感を肌で感じていた。
アンディは、今、ウォーデンの言いなりになって、マニーローンダリングの実務をこなしてういる。そして、以前よりも無口になった。
その日、ショーシャンクには雷雲が吹き寄せていた。 1日の仕事が終わろうとしていた。 ウォーデンはアンディに仕事を仕舞いにするように促した。帳簿付けがいつもより長引いたのだ。
アンディは帳簿をまとめると、いつものようにウォーデンの秘密の金庫(壁にかけた絵画の後ろに埋め込んである)にしまい込んだ。それを確認して、ウォーデンは自ら鍵をかけた。そして、アンディに命じた。
「私の靴をきれいに磨いておくように」と。
アンディは素直にうなづき、高級な黒い革靴を磨き始めた。それを見て、ウォーデンは執務室から退出した。
1人残ったアンディはおもむろに行動を開始した。きれいに磨きこんだ靴とウォーデンの高級なスーツ、さらにシャツ、アンダーウェアをきれいにまとめて防水プラスティックの袋に詰め込んだ。それを自分の荷物入れに入れて、監房に戻った。やがて消灯時間。
外では激しい雷雨。雷鳴が轟き、雨が地面や屋根を叩きつけるように降り注いでいる。嵐はショーシャンクの空に居座っていた。
レッドは、アンディの身体から放たれる凄まじい緊張感を嗅ぎ取った。「今夜だ」と思った。絶望に駆られたアンディは自殺するかもしれない。レッドは、轟く雷鳴と雨の音のなかで、まんじりともせずに、長い長い夜に耐えていた。
その頃、アンディは、壁の女優のポスターをめくって壁にあけた穴から出て、外壁に取り付いた。そして、下水の主配管のところに行った。そこには、重そうな岩が用意されていた。
彼は、雷鳴が轟くタイミングに合わせて、岩を持ち上げて、コンクリート製の下水管に撃ちつけた。何度も叩きつけているうちに、ひびが入り、やがて管壁が大きく割れて崩れた。そこから、排水の流れのなかに身を投げ入れた。
下水の流れには汚物や排泄物が流れ込み、もの凄い悪臭を放っていたが、アンディは怯むことなく、下水管を這い進んだ。悪臭も凄いが、明かりがまるでない狭い下水管のなかを何百メートルも進んだ。恐ろしいほどの意志力と勇気。
ついに刑務所の外の沼(汚水だまり)に達した。沼には水路が続いていた。アンディは汚水とともに、配水管から飛び出した。そして、計画したとおりの逃走路をたどった。