翌朝、アンディの脱獄が発覚した。刑務官による朝の収容者確認でアンディの監房がもぬけの殻になっているのが発見され、大騒ぎになった。報告を受けたウォーデンはいきり立って、全刑務官を動員して刑務所内の捜索をさせた。が、アンディの姿はどこにもなかった。
何よりも、すべての監房は厳重に施錠されていて、いかなる者も抜け出すことは不可能だと思われた。
ウォーデンは、アンディの親友レッドを尋問のためアンディの房に呼びつけた。
だが、レッド自身、アンディの「失踪」に大きな衝撃を受けていた。レッドはきのう、アンディの身体から発散するただならぬ緊張を感じていたが、絶望のあまり自殺するのではないかと心配していた。ところが夜が明けると、アンディは監房から消えていた。
だから、ウォーデンのきつい尋問に対しても、ただただ当惑するだけだった。
アンディの監房は、その住人自身が消え去ってしまったことを除けば、いつもとぜんぜん変わっていなかった。彼は忽然と消滅した。
ウォーデンは苛立ち、房のいたるところに並んでいるチェスの駒(アンディが彫った)を何個かつかむと、壁に向かって投げつけた。その1つが、女優のポスターに命中した。すると、駒は跳ね返らずにポスターの向こう側にを突き抜けて消えた。
ウォーデンがポスターをむしり取ると、壁が壊されて、人がゆったり通り抜けられるほどの穴が穿たれていた。外壁に下には下水管が走っていたが、やはり穴があけられていた。アンディの逃走経路が、これで明らかになった。
そのとき、刑務所の周囲で捜索にあたっていたグループから、緊急報告が入った。刑務所の下水管の排水口付近の水路で、アンディが脱ぎ捨てたものと思しき囚人服が見つかったという。
ウォーデンはただちに大半の刑務官をそこに差し向けて、水路の周囲や下流の一帯をしらみつぶしに捜索させた。だが、アンディの姿も足跡も発見されなかった。
いまや、窮地に追い込まれたのは、ウォーデンやハドリーだった。そうなると、失うものへの恐怖が込み上げる。
ウォ−デンは所長質に戻って、隠し金庫を開錠してなかをあらためた。帳簿や証書類一式が消え去っていた。その代わりに、分厚い聖書が1冊置かれていた。そのハードカヴァーを開くと、見返しにアンディのメッセイジと署名が記されていた。
「そう。たしかにあらゆる救い(答え)は、この書のなかにある。アンディ・デュフィレイン」と。
分厚い本文は、小型のロックハンマーの型にくり抜かれていた。それが、アンディの唯一の武器の隠し場所だった。
最も危険な証人が不正の一切の会計資料(帳簿・証書類)という物的な証拠を携行して逃亡した。ゆえに、ウォーデンは脱獄犯、アンディ・デュフィレインを警察による公開捜査で追跡させるための要請手続きをとることができなくなった。警察がアンディを捕らえさせれば、自らの破滅を導いてしまうからだ。
その後、ショーシャンク刑務所のスタッフによるアンディ捜索は何の成果ももたらさなかった。こうして、アンディはウォーデンの追及の手から完全に逃れ出ることができた。
その後しばらくして。
メイン州のある町の有力ないくつかの銀行に、上等な仕立てのス−ツに身を固めた中年の紳士が訪れた。彼は、それらの銀行で、総額40万ドル近い資金を預けてあった口座を解約して、現金を引き出していた。彼はいかにも資産家然として、大きな銀行での立ち振る舞いも実に手馴れたもので、落ち着き堂々としていた。
彼が持参した身分証明書類や自筆サインは、これまでに常に郵送されてくる送金書類に記され、あるいは複写が添付されたそれとまったく同じで、口座保有者の資格を疑わせるような齟齬は少しもなかった。
そう、たしかに彼自身が銀行への送金手続きの一切を担っていたのだから。アンディは、自分の顔写真や身体的特徴、筆跡をもって、架空の人物の名前の身分証明書を作成し、また口座開設申請書類、送金伝票を作成していたのだ。それを命じたのは、ほかならぬウォーデン自身だった。
彼は銀行の担当職員に、この町から遠くに移住する計画だと話した。
銀行員は、大口預金者だった紳士への最後のサーヴィスとして、「ほかに何かお手伝いできることは」と尋ねた。すると、紳士は、分厚い書類らしい中身が入った大型封筒を手渡して、「これを外に出るついでに郵送してくれたまえ」と応じた。
その封筒の宛先は、地元の警察署だった。中身は、ショーシャンク刑務所での幹部の不正行為や受刑者への虐待、殺人などの犯罪についての詳細な記録と証拠だった。
数週間後、ショーシャンク刑務所の幹部らの大スキャンダルがマスメディアで報じられ、警察による大がかりな捜査と摘発が始まった。
多数の捜査官や警察官がショーシャンクのゲイトに押しかけて、容疑者たちを逮捕していった。その様子をレッドは冷静に観察していた。
それまで受刑者に威張り散らし威圧していた、あのハドリーは、押しかけた警察陣の前に呆然と立ち尽くし、すっかり萎縮憔悴していた。そこには、今にも泣き崩れそうな、弱々しい「生きる屍」がいるだけだった。
次に捜査官たちは、所長質に向かった。
所長室では、ウォーデンがリヴォルヴァー拳銃(スミス&ウェッスン)に弾丸を込めていた。やがて、扉の向こうで刑事たちが大声で、開錠しておとなしく縛につけと叫んだ。
ウォーデンは、おもむろに銃口を自分の顎にあてて上に向けて引き金を引いた。銃弾は、ウォーデンの頭頂部を突き抜けて、窓ガラスを打ち砕いた。
その様子を、レッドはこう語っている。
死ぬ瞬間、ウォーデンの脳内を過ぎったのは、銃弾のほかに、自分たちが蹂躙した「弱き者」アンディにしてやられたという屈辱だったかもしれない。「貧しく弱き者、そは、至上の強者なり」という聖書の言葉とともに、と。