アマデウスとコンスタンツェの家庭が金銭的に窮迫して家政婦すら雇えない。その実情を知ったサリエーリは、自分の金で若い女性を家政婦として雇って、彼女をモーツァルト夫妻のところに送り込んだ。
アマデウスをそれとなく観察するスパイとして家政婦を送り込んだのだ。ただし家政婦本人は、アマデウスを心配するサリエーリの善意だと思っているのだが。
買い物で外出するときにサリエーリの家に寄って、仕事の報告としてモーツァルトの家庭の事情を話すことになっていた。
サリエーリは、家政婦からそれとなく、アマデウスが何をしているか、どんな様子かを聞きだした。
その結果、アマデウスと父親は険悪な仲になっていることがわかった。また、アマデウスは毎日、家にこもって作曲に取り組んでいることも。
サリエーリとしては、寝食を忘れて作曲に没頭しているということが気になった。
そこでサリエーリは、モーツァルト一家が外出した隙に、家政婦に手配させて、住居に入り込んで作曲中の楽譜を盗み見た。
驚くべき傑作というべきオペラが創作されていた。だが、その原作となっている戯曲を知ると、このオペラ創作を妨害する方策を思いついた。
さて、サリエーリがアマデウスに対する嫉妬と悪意を増幅させているあいだに、レーオポルトは息子と妻と諍いを起こしてザルツブルクに帰ってしまった。
アマデウスが創作しているオペラは『フィガロの結婚』だった。
これは『セビーリャの理髪師』の続編。フィガロが、伯爵の恋の成就=結婚に功績があったことから、伯爵の家臣格に取り立てられた後の物語だ。
ところが、フィガロの戯曲シリーズは、貴族の思い上がりや尊大さ、横暴を(庶民の代表としてのフィガロが伯爵をへこませるという形で)風刺批判する内容だった。
その筋立てからして、富と力を得てきたブルジョワ層からすれば、身分的に上に立つ貴族の特権や横暴は批判されてしかるべきだということになる。
ところが、ハプスブルク家の皇帝が統治するオーストリア、ことにヴィーンでは、王権や貴族制=身分制秩序を攻撃するようなオペラは、政情不安を煽る物語として創作と上演が禁止されていた。
この王権の政策は、ヨーゼフの危機感の表れだった。
フランス王ブルボン家に嫁いでいたヨーゼフの妹、マリー・アントワネットからの便りで、フランスではことに財政危機の深化のなかで王権の権威が衰退して、「第三身分」の王政や貴族の特権に対する批判や攻撃が強まっていることを知り、憂慮と危機感を抱いていたのだ。
18世紀も末葉に近づくと、絶対王政(アンシァンーレジーム)のタガが緩んで、反王権派の貴族・富裕商人や庶民たちの反抗や紛争が目につくようになっていた。やがて、パリとその近辺では騒擾や反乱が「革命」に発展していくはずだった。
オーストリア王権としては、王権・貴族や身分制への批判につながるような思想や文化・芸術の出現の可能性を封じ込めようとしたのだ。