爆死した若者がウィリアム・メッシンジャーであることはほぼ確かなようだ。そこで、フォイルとミルナーはウィリアムの生家、メッシンジャー邸に両親を訪ねた。
フォイルは両親にこれまでの捜査の経緯を語り、ウィリアムの爆死は女性と結婚できないことに絶望しての自殺と見られることを告げた。
ジャイルズ・メッシンジャーも妻アンも息子に付き合っていた恋人がいたことはまったく知らなかったという。そして、感情美の御売れ前途として時計を贈ったこともないと語った。
狷介な性格のジャイルズとウィリアムは折り合いが悪く、互いに距離を置いていたらしい。それでも、仕事に関する事柄をときたま父子で話し合うことはあったようだ。
ジャイルズによれば、最後に会ったとき、ウィリアムはかなり気が高ぶっていたように見えたという。
フォイルがウィリアムの職業を尋ねると、ジャイルズは機密事項なので教えられないと答えた。軍の幹部がそういうからには、ウィリアムもまた軍の機密事項をあつかう仕事をしていたのだろう。
ジャイルズはほかに話すことはないと言って、話を切り上げた。
だが、フォイルは、「ウィリアムの自殺については不審な点もあるので、また事情聴取に来るかもしれない」と告げて辞去した。
屋敷を出るとき、裏口から出てきたアンが2人を呼び止めて、情報を提供した。
アンによれば、ウィリアムは死の2週間ほど前に帰ってきたが、ウィリアムは興奮している一方で不安そうな様子だったという。そして、ヤン・コモロフスキーと名乗るポーランド人の青年をともなっていて、職場がハンプシャー州レベナムにある「丘の家」と呼ばれる屋敷だと言っていたという。
その日、フォイルは義兄弟のハウワードと昼食をともにした。海軍情報部への転属願の返答を聞くためだった。ハウワードによれば転属は内定したということだった。
ハウワードが海軍情報部の幹部であることを知っているフォイルは、爆死したウィリアムの父親ジャイルズ・メッシンジャー少将の人物像を尋ねた。
ハウワードは、ジャイルズはもともと狷介な性格の軍人で、MI5セクションDの指揮官をしているが、先頃、人員と予算を大幅に削られたため、手負いのトラのように攻撃的になっていると答えた。
そして、政府や軍組織内での影響力が大きく、しかも気に入らない輩を陥れるためにその影響力を行使するから、近づかない方がいいと忠告した。
フォイルは危険な人物に近づいてしまったらしい。
翌日、そのジャイルズ・メッシンジャーの自宅をSOEの指揮官ウィンティンガム中佐が訪ねてきた。ジャイルズから息子の自殺の知らせを受けて駆けつけてきたという。
中佐は弔意を伝えに来たとジャイルズに告げたが、様子を探りに来たのだ。