記事にタイトルのエピソードの番号は、通算でのものとする。この物語は第3シリーズの第1話だが、通算で「第9話」とする。
■原題 The French Drop ■
原題の「フレンチ・ドロップ」とは、ここではフランスでのパラシュート降下による潜入作戦を意味する。だが、一般には手に持ったコインなどの小さなものを両手の手指を動かしたり交差させている間に消してしまう――観客の注意をほかに逸らせて大事なものを隠す――マジックを意味する。
この物語でSOEが弄した欺瞞策略、すわなちフランスで爆死した若者がブリテンで自殺したかのように偽装する手口をほのめかしているのかもしれない。
邦題の「丘の家」とは、特殊作戦実行部SOEの作戦本部・基地となっている邸宅を意味する。場所は、ハンプシャー州の農村地方で、邸宅は丘の上にある。
今回は、1941年2月の出来事を描く。
物語では、ブリテン軍の情報機関のあいだでの足の引っ張り合い、権力闘争から発生した事件にフォイルたちが巻き込まれ、その結果、フォイルが割を食うことになる。
その頃、ブリテン王国のナチス・ドイツや枢軸同盟との戦争はいよいよ戦線が拡大し、事態は深刻になっていった。ドイツ軍のヨーロッパならびにロシア平原での攻勢は一気に広がり、ブリテン側としては、対応が後手後手になり守勢に回っていた。ブリテン社会には戦況の厳しさから悲観的な気分が広がっていた。
フォイル警視正は、これまでにも警視庁の上司に軍へ転属願を出しては却下されれていた、このところ、ヘイスティングズでの犯罪捜査にあくせくするよりも軍務について自国の危機の打開に少しでも役立ちたいと真剣に考えるようになった。とりわけ、戦時統制法規に違反する闇取引や価格統制違反などのケチな犯罪の捜査が続くことに嫌気がさしていたのかもしれない。
そんなわけで、フォイルは、海軍中佐になっている義理の兄弟の伝手を使って、海軍の情報部門に転職しようとしていた。犯罪捜査官としてのフォイルの敏腕ぶりは軍にも伝わっていたので、海軍への転職の話はとんとん拍子に進んでいた。
ところが、情報機関どうしの権力闘争に巻き込まれ、情報部の高官の反発を食らって、転職の道は閉ざされてしまう。その顛末を描く物語だ。
冒頭では、ブリテンのある情報機関が敢行したナチス占領下のフランス北部への工作員の潜入作戦の悲惨な失敗の場面が描かれる。
1941年2月のある真夜中、フランス北部のルーアン近郊サンテティエンヌの森の上空で英軍機から一人の若者がパラシュート降下した。その若者は、森に降下した直後に、レジスタンスのメンバーと落ち合って、ナチスへの抵抗運動を組織する任務を負っていた。
ところが、着地してパラシュートを隠して歩き始めた途端に地雷を踏んで爆死してしまった。
その工作員の暗号名はファクトゥール ――Facteur :一般に「郵便配達人」または「情報伝達者」という意味――だった。
ファクトゥールは地雷原に降下してしまったのだ。要するに、杜撰な作戦だったということだ。そのために、優秀な若い情報員が死んだのだ。
そんな穴だらけの作戦が強行された背景には、戦争で国家の存立が脅かされている状況下にもかかわらず、ブリテン軍情報組織足の引っ張り合いや手柄争い――が切り広げられているという事情があった。
首相府直属の軍の情報組織には、エリート中のエリートたちが集められていた。そのなかですさまじい権力闘争――権限や予算、資源・人材の奪い合い――が展開されていたのだ。出世争いや権力闘争をめぐる男たちの嫉妬や憎悪ほど始末の悪いものはない。足の引っ張り合いに夢中になっている権力者たちは傲岸不遜で、彼らにとって他人の生命や人生は、犠牲にしてもかまわない、自分たちの争いの道具あるいは「捨て駒」にすぎない。
ところが、そういう厚顔無恥な権力者たちに取り入って、媚びへつらい、忖度しおもねることで、保身や出世の足がかりにしようとする輩もまた多い。