ガタカ 目次
人生は遺伝子では決まらない
原題と原作について
見どころ
あらすじ
適正者と非適正者
共同主観としての「優劣序列」
共同主観としての「優劣序列」
優劣の逆転
社会の階級構造と抜け道
ユージーン・モーロウ
虚偽のパースナリティ
殺人事件
…ヴィンセント包囲網
美女の接近
適正者と非適正者
遺伝形質の意味
アントニオの捜査指揮
2人のジェローム
兄弟対決
宇宙への旅立ち
科学技術と価値観の人類史
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炎のランナー
医療サスペンス
コーマ
評  決

  ヴァリッド valid とは、哲学(認識論)では「真正なる」という高尚な意味をもち、認識論上の「真理」は validity となる。これは、 truth よりもはるかに高次の「真実」で、ドイツ語の Wahrheit (真理)に当たる語だ。ところが、この用語を人びとの身体とか健康状態に用いると、とたんに差別用語になってしまう。
  とりわけフランス語では、アンヴァリド invalide は、――たとえば傷痍軍人とか傷病者、廃疾者など――不健全な心身状態を意味することが多いようだ。フランス革命の騒乱事件の舞台のひとつとなった有名な「廃兵院」は l'Hôtel des Invalide だ。

共同主観としての「優劣序列」

  だが、ヴィンセントには、生物、いやアニマルとしてのヒトが原始時代から保持してきた粗野で強靭な闘争本能・生存意欲が備わっていた。ようするにハングリー精神。劣位や敗北にけっしてめげない――その意味では理不尽で非理性的な、野性的で粗野な――感覚・意思が。

  この兄弟には、恒例にしているあるゲイムがあった。
  2人で海の沖に向かって泳ぎ続けて、どちらかが体力的な限界や恐怖でもう先に泳げなくなるまで競争するというゲイムだ。映像では、ヴィンセントが10歳になるかならずやの頃からやっていたようだ。
  で、最初からずっとアントニオの勝利が続いた。優劣は明らかで、2人が成長するほどにアントニオの優位が目立っていった。競い合う前から、能力の差は歴然としていた。ところが、ヴィンセントはあきらめずにアントニオに挑戦し続けた。ヴィンセントは、既存の優位や力関係を決して変えられないものとは認めなかった。
  既成の価値観や優劣の序列を受け入れるのは、自己の否定につながると感じたのだろう。


  彼は、弟に「血の誓約の儀式」を求めた。浜辺の貝殻で手の親指の腹を切り裂き、互いに親指どうしを押しつけて流れ出した血を交わし合うという儀式だ。だが、アントニオは「付き合いきれない」という顔つきで相手にもしなかった。
  というよりも、このような動物の本能のような野蛮で原始的な儀式に対して、「文明的に洗練された」弟はある種の恐れを抱いていたのかもしれない。

  さて、2人がハイスクールの年代になった。現代でも、その年頃になると、大半の少年たちは「世の中のしきたり」とか力関係、序列などという社会の仕組みを理解し、しぶしぶ受容するようになる。これは、一面で「知的な成長」の成果であるとともに、多面でそれを理由に自分の夢や努力を諦める「言い訳」になっていく。
  とりわけ、この時代には「適正者」の優位(エリートコースへの登壇)と「非適正者」の劣位(周縁的・従属的地位への固定化)が、教育や文化によって成長期の未成年者にインプリントされていた。両親の目から見れば、ヴィンセントの人生の先行きも見えてきたようだ。

  だが、ヴィンセントは自分の人生設計でも、そういう「理性的な諦め」を拒否していた。航空宇宙工学や天文学の専門書を読み続けていた。彼の夢は「宇宙空間への旅立ち」だった。
  両親は、諦めが悪く、「堅実な人生コース」を歩もうとしないヴィンセントを説得しようとした。 「インヴァリッドは、宇宙飛行士(あるいは天文学者)にはなれないよ」と。
  アントニオもまた、両親の価値観や世間の価値尺度を信じ切っていた。インヴァリッドに対するヴァリッドの優位を確信し、ヴィンセントに対する優越感を確信していた。その心性は、ことごとに態度に現れ、兄のヴィンセントを蔑む表情や言葉に現れた。

  この世界では、幼児の頃から「遺伝形質での序列」イデオロギーが脳裏に刷り込まれていて、「自然な兄弟関係」「兄弟愛」というものが育たないらしい。つまり、私たちがヒューマンなものとしている意識や価値観、感情がすっぽり抜け落ちて、家族や社会の人間関係が形成されるらしい。冷酷なエリートが支配するレジームがいきわたっているようだ。
  ヴィンセントは、そういう序列秩序を押し付ける仕組みを、それゆえ家族を拒否する決意をしたらしい。「自分だけを信じるしかない」という状況は、「自分の能力」や「可能性」だけに賭けるしかない、という心理やハングリー精神を生むのかもしれない。

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