『ガタカ』は、遺伝子工学による生殖で生育された優秀な遺伝形質を備えた人びとがエリートとなっている近未来社会の物語だ。そして、遺伝子情報の操作では、人の能力や人生は決まらないというメッセイジを込めた物語だ。
いま医学と結びついた生化学や分子生物学で、ヒトを含む生物の遺伝子・ゲノムの解読・解析が急速に進んでいる。分子構造や化学反応の側面から「ヒトとは何か」を解明することが最終目的らしい。
遺伝子科学の成果によれば、ヒトの体質や生涯における発病の可能性が遺伝子の塩基配列の連鎖分子構造の解読・分析で大かた把握することができるようになったという。
だが、これらの因子がどのような条件・環境でどのような経過や仕組み(起動プログラム・アルゴリズム)で発現するかについては、まだ解明されていないという。また、分子連鎖の単位がどこで区切られるのかも、状況によりけりだという。また、ひとりのヒトの一生でも、分子並列・組み合わせが変化することもあるという。
人生は遺伝子なんかでは決まらない!
遺伝子の塩基連鎖のあれこれの要素がどのように組み合わされて、どのような形で、いつ、何をきっかけとして発現するかは、わかっていないのだから。遺伝子に書き込まれているコードは膨大で、それらの相互の組み合わせもまた無数にあって、優位なコード列を起動するプログラムのコードもまた無限の組み合わせをもっているはずだ。人間が思ったように選択的に遺伝形質を発現させるのは無理だろう。
とはいえ、科学者・医学者たちは、自分たちの研究に資金を投下させようとして、あらゆる考えられる夢や願望を提示するだろう。だが、それは永遠に主観的願望にすぎないだろう。
私が思うに、遺伝子・ゲノムの分子連鎖・配列が完全に読み取られたのち、その働きの条件・環境や反応の可能性は無限にあって、結局、遺伝子の読み取りそれ自体によってはヒトの生涯や能力については解明できないことが判明するのではなかろうか。
たとえば、単体のコード部分では癌などの疾病の起因となる遺伝子コードが、ある特定の環境変化のなかではほかのコードと相互作用して働いて、人体を守る機能を生み出すこともあるという。
単純な単体ごとのコード・リーディングでは「有害そうに見える」部分コードを取り去ってしまうと、ある状況下では身体能力・機能をかえって劣化させる――あるいは劣化を防げなくなる――原因になるわけだ。
生命・生物とはそれほど単純な存在ではないのかもしれない。遺伝子構造とヒトの能力・資質と、人生のありようとの間には実に多様で複雑な媒介項があるのだろう。
原題は Gattaca 。ガタカは、宇宙開発を専門とする企業の名称ということになっている。
ところで、ガタカの綴りのうち G、A、T、Cは、DNAの塩基配列構造の4つの単位(A:アトニン、C:シトシン、G:グアニン、T:ティミン)を意味するようだ。だが、GATTACAという綴り配列で文字が並んでいることの意味とか、「ガタカ」本来の意味は不明。
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