真犯人逮捕でアントニオはヴィンセント=ジェロームを追及する材料を失った。しかし、個人的にヴィンセントの偽装を暴こうとするもくろみを捨ててはいなかった。少年時代までいつも兄のヴィンセントに優越する立場であったことから、ヴィンセントがガタカのエリート(エリートのなかのエリート)であることに我慢がならなかったのか。
今では、ヴィンセントを殺人容疑者ではなく、身分偽装の罪で断罪しようとしていた。
その心情を知っているヴィンセントは、今の地位を失うとしても、アントニオと対決しようと決心した。その理由=心理は、こうだった。
ヴィンセントはこれまで、ガタカのエリートなかでの競争や試練にすべて打ち勝ってきた。インヴァリッドとしての遺伝形質や体質の劣位を強い意志と努力でカヴァーしてきたのだ。その意味では、ヴァリッドの優越、インヴァリッドの劣位の「神話」を切り崩すことができた。
ところが、アントニオは、インヴァリッドの兄に対するヴァリッドである自分の優越という序列関係の組み換えの事実を受け入れたくなかった。エリート企業のなかのエリートとなったヴィンセントの存在を否定したかったのだ。
ヴィセントは深夜のオフィスに戻った。アントニオがパースナルコンピュータ・ルームにいた。2人は対峙した。
アントニオの断罪・追及に対して、ヴィンセントはヴァリッドのエリートたちとの競争で生き残った努力を認めさせようとした。インヴァリッドでも、意思と努力で高い能力や実績を達成することができることを認めるよう求めた。
だが、アントニオは、ヴィンセントの成功と達成を受け入れることができない。だが、事実と理屈では、ともにヴィンセントに分があることは明らかだった。
アントニオは現在のヴィンセントの地位を奪うことで兄の優位を否定したかった。だが、そのことによっては、ヴィンセントがガタカのなかで競争相手のすべてのヴァリッドよりもすぐれた能力と業績を達成したという事実は覆らない。そして、ヴィンセントの偽装を暴けば、インヴァリッドがヴァリッド相手の競争にに打ち勝ったという事実が公になってしまう。
いずれにせよ、アントニオが信じてきた価値観や秩序は崩壊したという事実に変わりはない。
そこで、「それじゃあ、海での遠泳競争で決着をつけようと迫った。
ヴィンセントは挑戦を受けた。勝つ自信があったからだ。
2人は浜辺に行って海に飛び込んだ。海岸には荒い波が押し寄せていた。
このときも、ヴィンセントが圧勝した。彼は出発した浜辺に戻ることを考えずに、対岸まで泳ぎ切るつもりだった。
ところが、アントニオは危険の大きさに気を取られるあまり、途中で戻ろうとして止まった。そして浜辺に戻ろうとしたが、恐怖に押しつぶされて海中に沈み溺れかけた。そして、今度もやはりヴィンセントが弟を救助して元の浜辺に連れて帰った。
目前に立ちはだかる困難や危険は、ヴィンセントにとっては強い意志(目標を追い求めて恐怖や畏怖を抑え込む)と努力で挑戦し乗り越えるべき課題だった。それが達成できなければ、生き続ける意味がない。だが、エリートの地位を約束されているアントニオにとっては、極力回避すべきリスクでしかなかったということなのだろう。