ガタカ 目次
人生は遺伝子では決まらない
原題と原作について
見どころ
あらすじ
適正者と非適正者
共同主観としての「優劣序列」
優劣の逆転
社会の階級構造と抜け道
ユージーン・モーロウ
虚偽のパースナリティ
殺人事件
…ヴィンセント包囲網
美女の接近
適正者と非適正者
遺伝形質の意味
アントニオの捜査指揮
2人のジェローム
兄弟対決
宇宙への旅立ち
科学技術と価値観の人類史
おススメのサイト
異端の挑戦
炎のランナー
医療サスペンス
コーマ
評  決

遺伝形質の意味

  ところが、ヴィンセントは自分を容疑者として追い詰める警察の捜査網が迫っていることに気がついた。
  タイタンへの宇宙旅行の日時が迫ったある日、ヴィンセントはコンピュータで土星のリングをまたいで衛星タイタンに接近する宇宙船の航路を計算していた。その軌道は「カッシーニの間隙」を横切ってタイタンに迫る曲線を描いていた。アイーリーン・カッシーニとの接近をもじったものか、じつに気が利いている。

  ところが突然、そのディスプレイ画面に、殺人容疑者としてインヴァリッド=ヴィンセントを指名手配する画像と記事が掲載されたウィンドウが現れた。
  この情報は、警察がガタカの全コンピュータ端末に配信したものだった。
  ヴィンセントは愕然とした。
  そのため、帰宅したヴィンセントはユージーン本人に「この身代わり計画はもうやめて、逃走する。ぼくを容疑者として追跡する捜査網がガタカの内部に迫っている」と告げた。

  だが、ユージーンは計画の中止を受け入れなかった。
「君は、誰の目にもユージーン・ジェローム・モーロウという人物として映っている。誰も君をヴィンセントだと思わないさ。
  計画から降りて逃げだすって!?
  そんなことは許さないぞ。ここまで来て裏切るのか。大丈夫だって、偽装が暴かれることはないさ。君はタイタンに行くんだ」
  というわけで、この偽装作戦は継続されることになった。
  ヴィンセントは、こうなったら偽装がばれて捕縛され処罰されることを覚悟した。


■アイリーンとのデイト■
  そのとき、階下で自動車の警笛が鳴った。スポーツカーに乗ってヴィンセントを迎えに来たアイリーンだった。今夜はデイトだったのだ。
「ガールフレンドだ。いかないと怪しまれる。どうせ、明日になれば捕まってしまうんだ。今夜は楽しんでくるよ」ヴィンセントは腹をくくって出かけた。
  ヴィンセントとアイリーンが食事を楽しんだ高級レストラン(ナイトクラブ)では、ピアノが演奏されていた。
  ピアニストは壮年の男性だった。すばらしい演奏だった。このとき演奏されていたのは、シューベルトの「即興曲変ト長調」。穏やかで美しい曲を超絶技巧でさらに流麗に弾いていた。
  というのも、このピアニストの手は6本指だったからだ。
  その事実をヴィンセントが知ったのは、演奏後、聴衆から大喝采を浴びたピアニストが投げてよこした白い手袋を手に取ったときだった。

  ピアニストは自然出産のインヴァリッドだった。そのために、突然変異で両方の手の指が6本ずつだった。

  もともとヒトを含む哺乳類は、受精後の胎児の成長が始まると、生物進化の系統発生(種の発生)の歴史を再現するかのように、ある段階――シーラカンス類などの条鰭類から両生類への進化段階――では、その手指の数は6本ずつの遺伝プログラムで成長する。それが、ホモサピエンスの段階に近づくにつれて、手指の数は5本ずつの形状に変化していく。
  だから、個体によっては、6本の手指の形状を残したままの形態発生のプログラムのまま出産にいたる場合が、ごくまれにあるという。

  このピアニストは、そのごく稀な例だったが、彼はそれを「劣った遺伝形質」として受け取らずに、より優れた超絶技巧を駆使できる天才ピアニストとしての優越性に自ら育てていったのだ。

  遺伝形質の優劣をめぐる価値観を転換するアクロバットのようなシークェンスである。制作陣に大きな拍手を送る!
  車(アイリーンが運転)での帰り道、警察が検問態勢を敷いていた。警察官たちは、車の男性乗員たちの生体識別や検査をしていた。瞳孔に光を当てたり、口腔内の粘膜を採取して遺伝子情報を解析していた。
  ヴィンセントは、検問の直前、手で目を押さえるふりをして両目のコンタクトレンズを除去した。そして、綿棒での口腔内粘膜採取を拒否して指先からの血液採取での検査に応じた。指先には、モーロウ本人の血液を仕込んであったからだ。こうして、検問をクリアした。

  ところが、そのあと、アイリーンは帰り道のコースを外れて、郊外に向かった。そして、道の途中で車を止めた。すでに夜半は過ぎ去り、暁闇というべき時間になっていた。
「これから、すばらしい光景を見にいくの。ぜひ、あなたにもいっしょに見てほしい。さあ、いらっしゃい」と言って、道を渡った。
  だが、コンタクトレンズを外したヴィンセントは極度の近視のために、道路を走る車の動きが見えなかった。ただ、眩しい光の帯や輪が通り過ぎていくだけにしか見えない。ヴィンセントは、一瞬足がすくんでしまった。が、覚悟を決めて何とか、道を渡った。

  こうしてアイリーンが案内した場所は、夥しい数の反射鏡板(凹面型)が列なして配置されていた。集光型の太陽光発電機群だろうか。あるいは、電波望遠鏡クラウドだろうか。いずれにせよ、宇宙からやって来る電磁波を受容する装置には違いない。
  アイリーンは東の方角を眺めた。すると、地平線の彼方から昇り始めた太陽光線を受けて、無数の凹面鏡が輝き始めた。あたり一面、反射した金色の光の海が開け始めた。

次のページへ | 次のページへ |

総合サイトマップ

ジャンル
映像表現の方法
異端の挑戦
現代アメリカ社会
現代ヨーロッパ社会
ヨーロッパの歴史
アメリカの歴史
戦争史・軍事史
アジア/アフリカ
現代日本社会
日本の歴史と社会
ラテンアメリカ
地球環境と人類文明
芸術と社会
生物史・生命
人生についての省察
世界経済
SF・近未来世界