1982年6月18日の朝、シティ・オヴ・ロンドンを流れるテムズ川にかかる橋で、小太りの中年男が縊死しているのが発見されました。
橋梁工事のための足場枠に吊り下げられていました。
男の名はロベルト・カルヴィ。
カルヴィはイタリアのカトリック系金融機関、アンブロジアーノ銀行の頭取で、イタリア当局から経済事犯=金融犯罪の容疑で訴追されたのち失踪し、国際的に指名手配されていました。
この男は、イタリアを中心にヨーロッパ各地と南アメリカ、カリブ海などにおよぶ大規模な金融犯罪の中心人物と目されていました。
橋の名は「ブラックフライヤーズ(Black Friars:黒衣の修道士)」で、カルヴィのジャケットコートのポケットには煉瓦(bricks)が詰め込まれていました。
これらのことは、のちに触れるように、ミステリ好き、陰謀話好きの人びととマスコミに絶好の話題を提供しました。
あとで述べますが、一応ここで前置きして言っておくと、
カルヴィが所属していた怪しげなフリーメイスン組織「P2」は、集会儀式のときに参加メンバーは黒衣の修道士の「コスプレ」をすることになっていて、なおかつ煉瓦は、もともと大工や石工・煉瓦職人の結社だったフリーメイスンの象徴だというわけです。
つまり、フリーメイスン組織がカルヴィに「血の復讐」をしたという宣言だというのです。
西ヨーロッパじゅうの大衆メディアが、このスキャンダルを面白おかしく描き上げるために役立つ道具立てがそろっていました。
金融犯罪、政治疑獄、ヴァティカン政庁、マフィア、フリーメイスン、闇の紳士たち・・・と、まるで三文芝居のような顔触れも出そろいました。
ともあれ、
事件直後の検視審問では「自殺」という判決が下されましたが、やがてイタリアで金融疑獄の捜査・公訴=公判が進むと、イタリア当局と世論の要請もあって、検視審問がやり直され、「謀殺」という判決に変わりました。