さて、上記の「腐食の構図」は、イタリア人特有の、とりわけ「成り上がり者」にありがちな「政治感覚」「権力意識」「保身意識」に社会心理的な根っこをもっているようです。
というのは、成り上がり者は、急速に社会的地位や権力の階段を駆け上がってきただけに、地位や権力を保つための(支援を期待できるような)人脈とか家系的なつながり、とくに従来のエリートの結びつきが弱いことがい多いからです。
では、このイタリアという政治空間のなかで、社会心理にまで構造化され結晶化した「思い込み」、慣習的心理とはなんでしょうか。
それは、ゴッドファーザーの回で述べましたが、クリエンテーリスモないしクリエンティスモ(clientelismo / clientismo)と呼ばれる社会意識で、有力者と暗黙の契約を結んで「庇護と利益供与ないし従順の取引き」をおこなう行動に現れます。
こうした意識や行動の背後にあるのは、「政治と権力の世界は陰謀で成り立っていて、陰謀の影には必ず『影の有力者』がいる」という思い込み、強迫観念です。
「影の権力がねらっている」「フリーメイスンの陰謀」「ユダヤ人の陰謀」「マフィアの企み」「アカの策謀」……。
この陰謀の罠から逃れるためには、あるいは自分が出世するためには、「だれか影の有力者の庇護と恩顧に頼るしかない」ということになります。
「表の指導者」「表向き・公式の支配者」を操ってイタリアと世界を支配するのは、「影の権力」「見えない権力」(sotto governo)だ、と。
なにかお笑い種にも見えますが、これは当時のイタリア社会の半ば制度化された「共同主観」(inter-subjective structure)ともなっていたのです。
したがって、足の引っ張り合いや駆け引き、蹴落としが横行する政界の人士、あるいは財界の成り上がり者たちは、出世の階段を競争相手よりも早く駆け上がるためにも、そして急激な成り上がりのためにまだまだ脆弱な自己の権威や影響力の基盤を補強するためにも、だれか「強そうな庇護者」(clientele)にすがり、バックアップを求めることになります。
ところが、逆に見れば、「強いクリエンテーレ」を演じることで、その見返りに利権や影響力を拡大しようとする「くわせもの」が出てきて、各方面に見せかけの「こわもて」「フィクサーぶり」を売り込む輩が現れやすい環境でもあります。
ゆえに、くわせもの、見かけ倒しが横行する社会にもなります。
なんだか「詐欺商法」のような話ですが、笑えない現実でした。
前者の典型、すなわち影の権力の陰謀に脅える者がカルヴィやシンドーナであり、後者の典型、くわせものがジェッリです。