一連の事件は、
イタリアの政財界の有力者たち、すなわち首相府や議会、軍、国営企業の要職者、財界人、キリスト教民主党DC、社会党PSI、ヴァティカン(教皇庁)、マフィア、そしてP2ロッジと呼ばれるフリーメイスン組織が絡み合い、
さらに冷戦構造のもとでアメリカ政府機関(CIAとペンタゴンの幹部)、アラブの石油富豪の資産運用などが複雑に絡んだ事件・策謀だといわれています。
事件のあらまし(推定)を説明しておきます。
アンブロジアーノは、イタリアの経済的首都、ミラノに本拠を置く民間銀行です。19世紀の終わり頃にこの都市で誕生しました。
ローマ教会の聖人アンブローゼ(ミラノの守護聖人アンブロジウス)にちなんで名付けられたことからもわかるように、当初はカトリック教会の援助を受けて、カトリック信徒の個人、小規模な商工業者のための金融と相互信用扶助を主な目的として設立・運営されました。
やがて、一般的な金融業務やマーチャントバンキングなどにも手を広げましたが、概して経営姿勢は保守的で、経営規模も大きくはありませんでした。
日本の地方都市の信用金庫やかつての信用組合と似た発足事情をもつ金融機関といってもいいでしょう。
ミラノとその一帯(ロンバルディア)では、教会や信徒団体と結びつきが強いカトリック系民間銀行と見なされていました。
ところが、1950〜60年代のイタリアの急速な経済成長(そして国際化)とともに銀行は成長し、とりわけカルヴィが幹部になり、さらに経営陣に加わるようになるにつれて、事業拡大の歩幅を広げていきました。
そして、ロンバルディアや北イタリアに活動範囲を限定した中規模の金融機関から、70年代末には、ヨーロッパ最大規模の金融コンツェルンを形成し、イタリア第2位の資産規模の金融グループにまで急膨張しました。
その金融ネットワークは、ヨーロッパ各地と大西洋の向こう側(カリブ海と南アメリカ)にまでおよぶ世界的な広がりをもっていました。
この急膨張の過程でアンブロジアーノ銀行は、教皇庁の財務府=金融機関である宗務庁(IOR:宗教活動協会とも訳す。通称バティカン銀行)との結びつきを拡大していきました。
この宗務庁=ヴァティカン銀行の総裁は、教皇の信任厚いポール・マルチンクス大司教。
マルチンクスは、敬虔な宗教家でありながらも、IORの運営で辣腕をふるっていて、「剛腕の経営者・金融家」としても知られていました。
この大司教との「結託」「癒着」と相互依存を背景に、カルヴィはオフショア取引きのための大規模な国際的ネットワークをつくり上げていきました。
オフショア取引きとは、要するに政府や中央銀行の規制ないし監視を免れた金融取引きのことです。政府の統制や監視を逃れられるように、国家領土の「沖合い」にある市場ということで「オフショア」と形容されるのです。
マルチンクスはアメリカ出身の(合州国市民権・国籍をもつ)大男で、とりわけ教会保守派ないし政界右翼の諸団体のキャンペイン(世界的規模で)のために資金的援助や融資を振り向ける活動で辣腕をふるったといわれます。
彼と親密な金融家、カルヴィは、教皇庁の権威(後ろ盾)をエサに金を搾り取られる「乳牛」となったのです。
かくして、彼は「神の銀行家」「教皇の銀行家」と呼ばれました。この映画の本当の主人公は、マルチンクス大司教だといえます。影の主人公を設定するあたり、イタリア映画人らしいセンスがにじみ出ています。