マルチンクスは、「沈みかかった船」となったシンドーナ――金融犯罪を手を染めているとして指名手配になった――からカルヴィに資金調達・送金の提携相手を乗り換えようとしたのかもしれません。
そのとき、大司教は、教皇庁の政策として、当時まだ「社会主義国」だったポーランドの「連帯」に秘密裏に資金援助しようとしていました。そのため、アンブロジアーノ銀行の金融ネットワークを全面的に利用することしました。
連帯は、本来は労働組合の連合組織でした。
しかし、ほかの東欧諸国と同様に、ポーランド政権は経済運営に失敗を重ねて、経済と財政・金融は破綻状態でした。「社会主義」という幻想はすっかり崩壊していました。
東欧諸国の中央指令型の計画経済は、およそ世界市場はもとより国内市場でもまともな使用価値・交換価値をもたないような生産物しか供給できなくなっていました。
国家と経済の破綻状態のなかで、連帯はしだいに政府の腐敗を批判追及し、体制変革を求める国民的運動の指導的な組織となっていました。
マルチンクスは東欧の社会主義政権を弱めるあらゆる運動に資金援助をおこなおうとしていました。
IOR=ヴァティカン銀行は、ローマ教会の世界的な布教や文化行事を財政的に支える財政・金融機関で、教皇庁の財務当局の監視を受けながら教皇庁とヴァティカン市国政庁の財政をまかなうとともに、イタリアと全世界のカトリック信徒からの寄付や預託資金を預かり、その運用管理をおこなう組織です。
つまり、宗務庁は、教皇庁とその世界的活動を財政的に支える機関で、いわばヴァティカン市国の国家財政装置であり、政庁直属の金融組織です。
当時、カトリック信徒は全世界で約8億人以上にのぼりました。
世界各地の教会組織からの送金(運上)はもとより、信徒の企業、団体、個人からの寄付・預託される資金は莫大なもので、その運営組織と運用運用ネットワークは地球全体を覆っていました。
IORは、事実上、ヴァティカンの中央銀行にして、世界的組織網を保有する金融グループの指揮官のようなものでした。
強気のやり手、マルチンクスを支える副官、IORのナンバー2は、ルイージ・メンニーニです。
彼もまた思想的・政治的にはボスと同じような立場で、これまた政財界の保守派や右翼団体、マフィアと強い絆を保持していました。
こうしてつまるところ、ヴァティカン銀行=宗務庁は、教皇の金庫番であると同時に、イタリアと教皇庁の保守派・右翼の結集拠点あるいは管制高地でもあったということです。教皇庁はいわば独立の国家でもあり、イタリア政府の規制から独立していたうえに、世界的規模で組織されたローマカトリック教会の組織ネットワークを備えていたので、国際政治の参謀本部、指令基地としては申し分ない地位にあったのです。