ワシントンの政界筋や連邦検事局(捜査当局)、そしてマスメディアでは、にわかに「ペリカン・ブリーフ」という文書のことが話題になり始めた。要するに、ルイジアナの」干潟開発問題をめぐって、最高裁判事の暗殺事件とマティースの暗躍、そして大統領との親密な関係についての「スキャンダル」の芽だった。
グランサムは、ダービーと会う前から、「ペリカン概要書」について大統領府(報道官)に取材要求をおこなっている。最近噂になっている文書は存在するのか。存在するとすれば、どんな内容なのか、と。
補佐官コールは、メディアが事件の背景を嗅ぎつけたようだと判断した。
コールは、この状況を特別車のなかで大統領に報告した。
「あなたは、FBI長官ヴォイルズに捜査を抑制するよう要請してしまった。それは、すでに憲法違反で、事件が明るみに出れば、完全な失脚ですよ」という内容を、遠回しに告げたのだ。
だが、無能な大統領は「何か打開策はないか」と尋ねた。コールは一番理想的な対策を提示した。コールは答えた。
「公開の場で、FBIに事件の捜査をさらに精力的に進めるよう要請すること。最高裁の補充判事の推薦リストに環境保護派のメンバーを入れること。こうして、捜査当局と最高裁の双方で、マティースとその会社を追い詰め、敗訴に持ち込む行動を取ること。そうすれば、メディアと市民に対して、大統領とマティースとの黒い関係の噂を打ち消すことができます。再選への弾みがつきます」
「それは無理だ。困る。マティースの件を秘匿し続けて解決する手はないか」
「ありますが、あなたは中身を知らない方がいい(知らなければ、法的責任は免れる。最悪でも、弾劾裁判にはならないで済む)」
コールは暗に非合法の策も含めて動いていることを示唆した。
その動きとは、殺し屋グループを雇って、「ペリカン文書」の存在を知る者たちを探し出して追い詰め、葬り去ることだった。
さて、ダービーが潜伏しているホテルではじめてグランサムと面談したときには、彼女は怯えて迷っていた。「ペリカン文書」の推論の正しさを証明するために命を賭けて危険な闘いを続けるか、それとも身の安全のために国外に逃げ出すか。
マティース陣営も大統領補佐官コールも、連携しながら、プロの殺し屋集団を雇って、ダービーとグランサムを狩り立てようとしていたのだ。だから、面談では、ダービーは敵の恐ろしさに怯え切っていた。キャラハンを殺され、ヴァヒークも殺された。孤立無援の闘いにすっかり疲弊していたのだ。
そのため、グランサムの調査取材への協力には、躊躇していた。
翌日、グランサムに電話して、「命が惜しいので国外に逃げることにした」と伝えた。
大統領府のスキャンダルを暴く「ペリカン文書の」存在を証明する証人は、こうしてグランサム前からすべて消え去ったように見えた。それでも、彼は調査と取材を諦めなかった。
■編集長の説得■
さて、ワシントン・ヘラルド社でのこと。
グランサムは、編集長のスミス・キーン(リベラリストで、普段はグランサムの支援者である)から、この事件の追跡調査から手を引いて最高裁判事の指名問題の取材をおこなうように迫られていた。関係者が次々に殺され、「ペリカン文書」の作者であるダービーには逃げられた以上、この事件をさらに追及する手がかりがないではないか、と。
だが、グランサムは執拗に食い下がって、調査を続けたいと主張した。結局、編集長が折れた。そして、「今後の作戦を、いつもの山小屋にでもこもって検討しろ」と助言した。
■山小屋のできごと■
ある夜更け、グランサムは山小屋で、今後の調査方法を考えていた。外はひどい雨降りだった。番犬が何か人の気配を嗅ぎつけたようで、しきりに吠えていた。グランサムは警戒して、猟銃を手にしてドアの外に出て外の森を見張り始めた。
雨のなかを向こうから人がやって来る。目を凝らしてみると、何とダービーだった。
いやはや、この女性の調査能力といったら驚きだ。編集長以外は誰も知らないはずの山小屋に真夜中に訪れるとは。ダービーはグランサムの妹の振りをしてキーン編集長に電話をして「兄と連絡が取れなくなったので、心配している」とか何とか言って、山小屋のありかを聞き出してしまったのだ。
「国外に逃げ出したんじゃなかったのか」とグランサム。
「どうせ盗聴されているだろうから、彼らを騙すためよ」とダービー。
というわけで、2人はこれからの追跡調査の計画を練り始めた。