第5節 商業経営の洗練と商人の都市支配

この節の目次

冒  頭

1 経営手法・経営組織の変革

ⅰ 遍歴から経営本拠の固定へ

ⅱ 商業会計と文書記録による管理

2 商業資本の権力集中

ⅰ 仲介貿易・卸売業の優越

ⅱ 都市と産業のヒエラルヒー

ⅲ 商業エリートの交替

3 都市の構造と住民の生活

ⅰ 都市の空間的構造

ⅱ 都市の生活環境

ⅲ 都市の権力秩序

ⅲ 商業エリートの交替

  だが、貨幣経済の拡大とともに、遠距離商業の成長と富の蓄積はすさまじく加速したことで、他の産業、ことに農業・土地経営による収入(地代収入)の地位を著しく弱めてしまった。もっぱら土地からの収入で生活していた階層は追いつめられ、彼らは土地資産に手をつけるようになった。土地を抵当にした借入れの増大にともなって、債務化した土地の所有権の移転が激しくなった。土地所有階級の入れ替えが始まった。新興の成功した有力商人の手に土地が譲渡されていった。
  このようにして地主階級の入れ替わりが生じたが、それは土地所有と商業との結合を強めていくことになった。領主や騎士身分と都市の富裕商人は融合していった。土地からの収入を商業――商業利潤の再分配をめぐる投資――に回さなければ、地主階級は身分に見合った生活を維持できなくなっていく。この傾向は、ネーデルラントとイングランドでとくに顕著になった。
  13世紀末から14世紀のはじめまでのあいだに、ドイツでは地代によって借入資本の利子を弁済する年賦償還方式の土地売買 Rentenkauf に投資された貨幣の利子率は、10%から5%に低落したという〔 cf. Rorig 〕
  これは、投資先を求める貨幣資本が投資機会よりも速く増大したことを示す兆候だった。成功した商人の手許にすでに蓄積された資本は土地や建物などの不動産に投資され、固定されたが、他方で、新たに資本蓄積を加速するような貿易組織や製造業が次々と生み出されていった。こうした成長部門の交替は、都市の有力商人家系の交代としても現れた。

  都市では、住居、倉庫、集会所、市場店舗、パン焼き小屋などが新しい人びとの所有物になっていった。人口が増大し市域が拡大するにつれて、こうした施設は――富裕商人の所有財産として――増設されていった。成功した遠距離貿易商人が、都市生活の再生産に必要な諸手段を掌握していったのだ。そして、都市参事会での議席=顔ぶれの移り変わりが、都市の支配階級のメンバーの交替、社会的階層変動の兆候を映し出すことになった。

・・・・・・すなわち、力強い成り上がり者が参事会への道を見いだすのに対して、経済的衰退の運命にあって疲れきった人びとがそこから消えていった〔 cf. Rorig 〕

  成り上がり者たちは、消費や生活態度や精神生活において既存の支配階級を模倣して威厳や権威を身につけていった。都市を支配するエリートはこうして絶えず新たに補充され、新たな成功者たちがエリート集団に同化していった。財をなした商人の子弟のある者たちは大学や教会組織の学校で学び、法律家や君侯の役人、聖職者、都市の書記官として行財政の権力装置でのポストを占めるようになっていった。
  職業と身分特権とが結合していた時代には、商人家系が社会的地位を維持しさらに上昇していくためには、子弟を大学や修道院・教会などの付属学校で学ばせ都市政庁や教会組織での専門職の地位に就けることは、きわめて魅力的で重要な手段だったのだ。
  そして、商人経営の中枢に座れば、彼らは記録文書や会計管理による高度な経営手法を商業活動にもちこんだ。彼らが手に入れた権限や情報、人脈などは、あるいは一族の商取引きに役立てられ、あるいは商人たちの新たな特権の獲得のチャンスを広げたに違いない。

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世界経済における資本と国家、そして都市

第1篇
 ヨーロッパ諸国家体系の形成と世界都市

◆全体目次 章と節◆

⇒章と節の概要説明を見る

序章
 世界経済のなかの資本と国家という視点

第1章
 ヨーロッパ世界経済と諸国家体系の出現

補章-1
 ヨーロッパの農村、都市と生態系
 ――中世中期から晩期

補章-2
 ヨーロッパ史における戦争と軍事組織
 ――中世から近代

第2章
 商業資本=都市の成長と支配秩序

第1節
 地中海貿易圏でのヴェネツィアの興隆

第2節
 地中海世界貿易とイタリア都市国家群

第3節
 西ヨーロッパの都市形成と領主制

第4節
 バルト海貿易とハンザ都市同盟

第5節
 商業経営の洗練と商人の都市支配

第6節
 ドイツの政治的分裂と諸都市

第7節
 世界貿易、世界都市と政治秩序の変動

補章-3
 ヨーロッパの地政学的構造
 ――中世から近代初頭

補章-4
 ヨーロッパ諸国民国家の形成史への視座

第3章
 都市と国家のはざまで
 ――ネーデルラント諸都市と国家形成

第1節
 ブルッヘ(ブリュージュ)の勃興と戦乱

第2節
 アントウェルペンの繁栄と諸王権の対抗

第3節
 ネーデルラントの商業資本と国家
 ――経済的・政治的凝集とヘゲモニー

第4章
 イベリアの諸王朝と国家形成の挫折

第5章
 イングランド国民国家の形成

第6章
 フランスの王権と国家形成

第7章
 スウェーデンの奇妙な王権国家の形成

第8章
 中間総括と展望