第5節 商業経営の洗練と商人の都市支配

この節の目次

冒  頭

1 経営手法・経営組織の変革

ⅰ 遍歴から経営本拠の固定へ

ⅱ 商業会計と文書記録による管理

2 商業資本の権力集中

ⅰ 仲介貿易・卸売業の優越

ⅱ 都市と産業のヒエラルヒー

ⅲ 商業エリートの交替

3 都市の構造と住民の生活

ⅰ 都市の空間的構造

ⅱ 都市の生活環境

ⅲ 都市の権力秩序

ⅲ 都市の権力秩序

  都市商人の集団は、富と権力の集積によって都市領主に奉仕し従属する住民集団から抜け出し、新たな秩序をつくりだしていった。この階層の頂点に遠距離貿易を営む大商人が君臨するようになったのは、すでに見たとおりである。
  彼らは参事会に結集し、都市を経済的・政治的に支配するごく少数の統治集団である。彼らは、農村に住む領主などの外部からの都市への介入には抵抗したが、都市内部の製造業者や下層住民つまり零細な手工業者や小商人たちとは鋭く対立した。
  上層ブルジョアは、都市内部での権力の座を維持しようとして強固な結集をみせた。参事会によって統制される行政官職の制度をつくり、その指導的地位をめぐる人事を、有力者どうしの間の指名制度によって、狭いサークルの内部でたらい回しにした。もとより、都市を統治するための政治的集会である参事会には、彼らの親族家系のなかからメンバーが送りだされた。このような遠距離商人エリート家系のなかから都市門閥貴族 Patriziat という最上層階級が出現する。彼らは、参事会員や市長などの役職者の任命を意のままにした。
  とはいえ門閥グループでも、交易の中心地の変動や景気変動、新旧産業の交代など、遠距離貿易それ自体がもつリスクによって古い家系が没落し、新しい家系が台頭することによって顔ぶれが変わっていった。
  ところで、同じツンフトでも建築・石工や美術品、また高級な技術や意匠デザインを要する織物――たとえば礼服やフェルト帽――を製造する工房の親方は商人的性格が強く、都市貴族との人脈もあって、有力ツンフトの代表として参事会に加えられていた。そでも、徴税記録を見ると収入は富裕商人とは1桁違っていた。

  さて、商人経営が文書主義に移行するにしたがって、上層商人の子弟の教育が重要な問題になったことはすでに見た。彼らははじめのうち、各地の支店や商館への旅行や商業旅行の実務をつうじて商品知識や簿記技術を学んだ。やがて、大学が創設されると、上層市民の子弟のなかには大学の学生として一定期間神学や法律学、医学、哲学を学ぶ者も現れた。
  とくに法律を学んだ者たちは、商業活動の高度化が進み、君侯たちとの交渉が日常化するにつれ、都市の書記や法律顧問官をはじめ、参事会員や市長としてリクルートされるようになっていく。なかには、上級聖職者となったり、大学の教授になったりする者もいた。こうした知識人たちは、領域国家を形成しようとする君侯たちからも、統治体制の専門的担い手として期待されるようになった。
  16世紀のフランス王国では、富裕商人の家門が官職売買で貴族の称号を獲得し、なかには数世代のうちに、法律や財務の学識をもとに高等法院や財務法院に席を占め、さらに王権に接近して王の顧問官や訴願審査官、巡察官となって、大貴族となっていくものさえ現れた。


  ところでアカデミズムでは、都市商人貴族と騎士領主との身分的融合、さらには有力法服貴族への上記のような身分的上昇という事象をもって、都市の富裕商人層(商業資本)は「封建的支配階級」であると見なす学説がかなり有力な立場を占め続けている。彼らが商業資本による資本蓄積の担い手であり、資本蓄積の人格的表現であるにもかかわらず。ところが、その場合「封建的生産様式」なるものは明確に規定・説明されることはほとんどないのだ。
  そこでは「封建制」という抽象的な記号的観念が巧みに操作され、独り歩きしているのだ。人びとのリアルな生活や生存の様式として思い浮かべられるほどの姿にはならないのだ。つまり、具体的な表象なしの用語にすぎないということだ。

  私がこの研究で示してきたように、歴史的時代の画期をなすような意味での封建的生産様式とこれに対応した封建制社会システムは、ほとんど存在しなかったというべきだ。もし、封建制社会システムなるものが存在するとするなら、都市の縁辺や周域に都市領主に身分的に従属する商人集団が、領主の命令を受けて各地で奢侈品などの物資の買い付け調達を担っていた10世紀から11世紀という期間に、しかもガリア中部という限られた地方で過渡的に存在したに過ぎない。
  したがって、ヨーロッパ総体を対象とする時代画期・時期区分にはまったく適さない「歴史的形態」にすぎないものだ。
  この研究全体をつうじて論証しようとしているのは、ヨーロッパの中世晩期から16世紀までには、王権(君主政)というもの――さまざまな位相をもっていた――が、その本質的側面において、商業資本の蓄積運動の人格的=身分的表現になっていたということだ。ただし、この「本質的側面」を核としながらも、複合的な全体の姿を描きたい。そこで、国民国家という特殊な存在の成立過程を総括するにあたって、王権(君主政)と商業資本の多様な位相の複合的な連関・絡みあいにおいて把握しようとしているのだ。

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世界経済における資本と国家、そして都市

第1篇
 ヨーロッパ諸国家体系の形成と世界都市

◆全体目次 章と節◆

⇒章と節の概要説明を見る

序章
 世界経済のなかの資本と国家という視点

第1章
 ヨーロッパ世界経済と諸国家体系の出現

補章-1
 ヨーロッパの農村、都市と生態系
 ――中世中期から晩期

補章-2
 ヨーロッパ史における戦争と軍事組織
 ――中世から近代

第2章
 商業資本=都市の成長と支配秩序

第1節
 地中海貿易圏でのヴェネツィアの興隆

第2節
 地中海世界貿易とイタリア都市国家群

第3節
 西ヨーロッパの都市形成と領主制

第4節
 バルト海貿易とハンザ都市同盟

第5節
 商業経営の洗練と商人の都市支配

第6節
 ドイツの政治的分裂と諸都市

第7節
 世界貿易、世界都市と政治秩序の変動

補章-3
 ヨーロッパの地政学的構造
 ――中世から近代初頭

補章-4
 ヨーロッパ諸国民国家の形成史への視座

第3章
 都市と国家のはざまで
 ――ネーデルラント諸都市と国家形成

第1節
 ブルッヘ(ブリュージュ)の勃興と戦乱

第2節
 アントウェルペンの繁栄と諸王権の対抗

第3節
 ネーデルラントの商業資本と国家
 ――経済的・政治的凝集とヘゲモニー

第4章
 イベリアの諸王朝と国家形成の挫折

第5章
 イングランド国民国家の形成

第6章
 フランスの王権と国家形成

第7章
 スウェーデンの奇妙な王権国家の形成

第8章
 中間総括と展望