第2章 商業資本=都市の成長と支配秩序
第5節 商業経営の洗練と商人の都市支配
この節の目次
規模の大きい商業活動は組織によって担われるようになり、したがって分業によって人員的にも地理的にも分離した多用な機能を統制・統合するために、文書記録による会計・管理手法が取り入れられていく。13世紀中に、ヨーロッパの商人経営は文書(記録)を備えた経営 Schriftlichkeit に移行し、その世紀の終わりには、以前とはまったく異なった経営手法をつくりだした〔 cf. Rorig 〕。
とくに複式簿記 Doppeleintrag / Doppelerfassung の技術は、商人経営の資産・利益管理に革命をもたらした。イタリアのフィレンツェでは、すでに13世紀の商業記録に複式簿記による会計管理が見られるという〔 cf. Braudel 〕。14世紀には、有力な商業地の名望家商人は、書いたり読んだり、数字を記録してものごとを処理することができ、ラテン語を自在にこなすのが当然の素養とされた。経済的に成功した商人経営では、子弟や奉公人の教育にも資金を充てることができるようになり、経営者の子弟の家庭教育や奉公人の訓練の仕組みが生まれていった。
ところで、文書記録による情報のやり取りや意思伝達は、それを可能にする仕組み、つまり運輸や通信制度の発達を必要とする。14世紀後半には、フィレンツェの商人団体は商業郵便の制度を創設していたという。それまでは、店主自身あるいは手代などの奉公人あるいは親族が旅行するさいに書簡や文書などを預託することによって、遠距離の通信をはかっていた。そのような遠距離の通信をはかる手段は、商人組合の居留地や商館などのあいだのメンバーや船便の行き来に付随していただろう。
フリッツ・レーリッヒは、文書記録による経営管理は商人経営の組織形態を変革したと言う。
商人はいまや、固定した中心にいすわったまま、取引きがおよんでいる範囲のさまざまな場所、たとえばノヴゴロドとブリュージュでの仕事を同時に進めることができるようになったである。すでに、手形を含めた押印した文書──それは商人を法的に拘束するものであった──が各地に発送されるようになっていた。取引き相手からは、返信文書や書簡が商人の金庫・・・のなかに戻ってきた。 比較的長期にわたる支払い協定が、取引き相手の出席と都市書記の立会いのもとで結ばれ、公的な信用をもつ帳簿に記入された。個々の商人はその経営のなかで各種の帳簿をつけていたが、そのような帳簿は、未払勘定をチェックしたり、近親者や出資者たちとの決済を容易にするのに役立った。委託取引き Kommissionsgeschäft がハンザの経済圏域ではきわめて重要になった。それは、商人が家にとどまったまま、自分の商品をさまざまな場所で売りさばくことを可能にした・・・店主の委託を受けた若い手代たちが外地の取引き地・・・へと旅立っていった。 ・・・店主と交わした匿名会社の付託契約状によって・・・外地の取引き相手がその地の代理者としての機能を果たすことができた。運送業、とりわけ、この時期に高度に発達した船会社制度が、商品の継続的な発送を可能にし、商人自らが付き添う必要がなくなった〔 cf. Rorig 〕。
店主が旅行しても、もはや業務の管理本部は移転することはなくなった。それは、商業資本の蓄積形態を変え、資本の集積=集中をも可能にするようになった。つまり、地理的=空間的に離れた場所での人びと、資産や資源の動きを単一の経営中心の意思や計画による支配――所有の権力とでも呼ぶべきか――にしたがわせることを可能にしたのだ。
世界経済における資本と国家、そして都市
第1篇
ヨーロッパ諸国家体系の形成と世界都市
◆全体目次 章と節◆
補章-1
ヨーロッパの農村、都市と生態系
――中世中期から晩期
補章-2
ヨーロッパ史における戦争と軍事組織
――中世から近代
第3章
都市と国家のはざまで
――ネーデルラント諸都市と国家形成