第5節 商業経営の洗練と商人の都市支配

この節の目次

冒  頭

1 経営手法・経営組織の変革

ⅰ 遍歴から経営本拠の固定へ

ⅱ 商業会計と文書記録による管理

2 商業資本の権力集中

ⅰ 仲介貿易・卸売業の優越

ⅱ 都市と産業のヒエラルヒー

ⅲ 商業エリートの交替

3 都市の構造と住民の生活

ⅰ 都市の空間的構造

ⅱ 都市の生活環境

ⅲ 都市の権力秩序

2 商業資本の権力集中

  こうして、取引きの記録化と文書による管理によって、空間的・時間的に離れた活動を統制し、単一の経営中枢から広域におよぶ商品流通を組織化し管理できるようになった。本拠の商人の手元には、各地の支店や経営分枝から各地の状況(穀物の作付けや収穫量、漁獲高、仕入れ価格、都市の需要、最新の製品情報など)についての情報が手紙にしたためられて送られてきた。経営組織および運営手法の変化、とりわけ情報収集能力は、利潤を引き出す新たな機会を用意し、商業全体の姿を転換することになる。

ⅰ 仲介貿易・卸売業の優越

  14世紀はじめには、バルト海地域ではスウェーデンの金属、リューネブルクの塩の取引きでも有力都市に定住する仲介=卸売商人階層が台頭し、都市統治と交易網のなかで支配的影響力をおよぼすようになった。彼らは各地での在地商人への商品供給経路を統制し、それをつうじて在地商人層の活動を左右するようになった。そのような遠距離貿易商人、つまり多数の商人を支配するエリートの成立こそが、中世晩期の都市権力構造における変化の最も注目すべき帰結のひとつだった。
  14世紀中葉、リューベックの織布取引きの担い手はもはや小売業者ではなく、遠隔地取引きで織布を大量に卸で買い入れ再び卸で売り払う純然たる仲介=卸売商人であった。つまり彼らは、個々の小売活動よりもはるかに高い地点に立って生産地点と消費地点を結ぶ流通・供給経路の組織者になっていた〔 cf. Rorig 〕。このような有力商人たちが集住する有力都市は、ヨーロッパの遠距離貿易ネットワークの中核となった。

ⅱ 都市と産業のヒエラルヒー

  北イタリアの商人たちは、さらに大規模に貿易を組織していた。
  ネーデルラントの諸都市はバルト海やライン地方、イングランド、西フランス、イベリア、イタリアからやって来る膨大な商品群の集積地になっていた。そこではイタリア商人たちが、大量の商品取引きの決済にともなうヨーロッパの大規模な貨幣循環――それには、為替の交換や各地の多様な通貨の交換、貨幣貴金属の鋳直しなどが含まれていた――を誘導・組織していた。ネーデルラント諸都市を中心として、ヨーロッパの各地に、商品や貴金属貨幣の流通の結節地点として有力諸都市が配置され、それらからさらに放射状にいくつもの交易経路が伸びていた。
  貨幣や信用の膨大な連鎖的運動と循環が繰り広げられる金融市場というべきシステムをともなった世界市場、つまり金融世界市場が出現していたのだ。
  有力な商人経営は、こうした経路をつうじて財貨の流れを諸都市のあいだで組織化し、方向づけていた。それゆえ、このような経営中枢が配置された有力都市は、広い地域にわたって生産者、輸送者、小売業者、消費者の経済生活を支配し、組織化する中心であり、ヨーロッパの経済的ピュラミッドの頂点をなしていた。
  商業資本の権力は、このようなヒエラルヒーに沿って伝達され、それとともに景気循環と価格変動の波が、諸都市のあいだのネットワークに沿って波及していった。

  このような商業資本の権力の成長の背景には、商業活動をめぐる〈情報の管理手法〉と〈経営の組織化形態〉の転換があったのだ。文書による商業会計システムは、取引きにともなう資産状態の変動、商品の形態転換、そして多方面にわたる複雑な商品の流れを記録・追跡し、統制する手法を商人経営に与えた。
  それは、仲介貿易をより大規模に組織化することを可能にしたが、このような《文書による管理をつうじての商業経営の合理化》は、商人の世界の競争や富の蓄積の仕方を変えてしまった。商人の力の源泉は、もはや仲間集団を組織して歩き回ることにではなく、その経営の組織化の度合いにあるようになった。経営組織の運営をめぐって計画や戦略とでもいうべきものが、あれこれの商人経営の個性や成長率の格差を生み出すようになった。
  もちろん、商人の挑戦や競争の結果は、多分に偶然や運が左右した。それにしても、新しい高度な経営様式で武装した遠距離商人の経営は、競争のなかで頭抜けた力を発揮しただろう。富と権力が彼らの手に集中しただろう。諸都市では、在来の有力者に新しい企業家商人が取って代わるようになった。

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世界経済における資本と国家、そして都市

第1篇
 ヨーロッパ諸国家体系の形成と世界都市

◆全体目次 章と節◆

⇒章と節の概要説明を見る

序章
 世界経済のなかの資本と国家という視点

第1章
 ヨーロッパ世界経済と諸国家体系の出現

補章-1
 ヨーロッパの農村、都市と生態系
 ――中世中期から晩期

補章-2
 ヨーロッパ史における戦争と軍事組織
 ――中世から近代

第2章
 商業資本=都市の成長と支配秩序

第1節
 地中海貿易圏でのヴェネツィアの興隆

第2節
 地中海世界貿易とイタリア都市国家群

第3節
 西ヨーロッパの都市形成と領主制

第4節
 バルト海貿易とハンザ都市同盟

第5節
 商業経営の洗練と商人の都市支配

第6節
 ドイツの政治的分裂と諸都市

第7節
 世界貿易、世界都市と政治秩序の変動

補章-3
 ヨーロッパの地政学的構造
 ――中世から近代初頭

補章-4
 ヨーロッパ諸国民国家の形成史への視座

第3章
 都市と国家のはざまで
 ――ネーデルラント諸都市と国家形成

第1節
 ブルッヘ(ブリュージュ)の勃興と戦乱

第2節
 アントウェルペンの繁栄と諸王権の対抗

第3節
 ネーデルラントの商業資本と国家
 ――経済的・政治的凝集とヘゲモニー

第4章
 イベリアの諸王朝と国家形成の挫折

第5章
 イングランド国民国家の形成

第6章
 フランスの王権と国家形成

第7章
 スウェーデンの奇妙な王権国家の形成

第8章
 中間総括と展望