補章―2 ヨーロッパ史における戦争と軍事組織
       ――中世から近代

この章の目次

1 封建騎士と領主制支配

ⅰ フランク王国と騎士制度

ⅱ 領主制と封建法観念

ⅲ 西フランクの王権と軍制

2 イタリアの都市経済と傭兵

3 中欧・東欧の軍制と領主制

ⅰ 多数の領邦の分立

ⅱ 都市建設と東方植民

4 ノルマン征服王朝とイングランド

5 新たな軍事力と傭兵制

ⅰ 百年戦争と「封建騎士」の没落

ⅱ 王権と傭兵制

ⅲ スイス、オーストリアの傭兵

6 中世晩期から近世の軍備と財政

7 国家形成と軍事組織

ⅰ 断続する戦乱

ⅱ 近代国家制度への歩み

ⅲ 傭兵たちの戦争

8 ヨーロッパの軍事革命

ⅰ 歩兵組織と築城戦術

ⅱ 膨張する戦費・軍事費

9 艦隊と海洋権力

ⅰ 地中海

ⅱ 北西ヨーロッパ

ⅲ 新型艦隊と商業資本

10 軍事と経済との内的結合

ⅲ スイス、オーストリアの傭兵

  14世紀前葉からスイスの山岳諸州はチューリッヒやベルンなどの都市を中核として結集し、近隣の有力君侯の支配に抵抗しながら統合を強めていった。15世紀半ばには、ヨーロッパで最有力の君侯、ブルゴーニュ公家に対して反乱を企て、独立を達成していった。
  スイスの民兵隊は、1315年にモルガルテンの谷間で、1339年にローペンで、1386年にゼムパッハでハプスブルク家の騎士たちに奇襲をしかけて殲滅した。武器は長さ8フィートの矛槍で、騎士たちの鎧を貫き打ち割ったという。1476年にはムルテンで、1477年にはナンシーでブルゴーニュ公軍の騎兵を打ち破った。
  戦法は、密集した歩兵の隊列が槍をハリネズミのように突きたて、機動的な攻撃と防御をおこなうというものだった。


スイスの総兵隊の戦闘(16世紀の銅版画)

  山岳諸州の連合が独立を達成すると、その軍隊を報酬と引き換えにヨーロッパの諸侯に傭兵隊として派遣し、その戦闘能力と戦闘技術を提供した〔cf. Howard〕。防御能力にすぐれた槍部隊を銃砲隊と結合すれば、無敵に近い軍を組織できたからだ。
  各地の都市や君侯たちはスイス人の傭兵隊を厚遇したという。それは、当然のことながら、雇う側の宮廷財政収入の増大を条件とした。

  15世紀には、隣のオーストリアと南ドイツで傭兵隊が形成されていった。職と収入にあぶれた貴族の子弟が、生き残りのために選択した仕事だったようだ。
  神聖ローマ帝国の貴族層の家系では均分相続制によって、代替わりのたびに所領などの財産が限りなく細分化されていったため、代を経るにつれて多くの貴族たちが生存のための経済的基盤を失っていった。土地からの収入以外の所得が必要になった。しかも、南西ドイツの領邦君侯はおしなべて弱小で、彼らを宮廷官僚や軍官としてとして召抱えることができなかった。
  長子相続制度が慣習法になっている地域の貴族の次男、三男たちにも同じことが当てはまる。彼らが入り込める聖職者や宮廷官僚の定数にも限界があった。
  彼らを吸収したのは、傭兵事業だった。貨幣報酬で雇われる職業的軍人として生き残りをはかるのは、自然な結果だった。ゆえに貴族は、傭兵を統率する指揮官としてだけでなく、隊伍に歩兵として勤務することもためらわなかった。ここでも、主要な武器は槍だった。


  このようにして15世紀末までに、有効な軍隊には、槍兵、つまり槍で武装した歩兵が不可欠な構成要素になった。しかも、やがて火縄銃の開発とともに、火縄銃で武装した歩兵隊が付け加えられた。
  このようにまったく新しい攻撃および防御手段を備えた軍隊のなかでは、もはや騎士はパーソナルな名誉のために自立的に戦うのではなく、機動性と突進力という限定されたその攻撃力が全体作戦に織りこまれることで、はじめて戦力になりえた。こうして、指揮官の命令にしたがって他の兵員と連携して動く1兵種となった。

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世界経済における資本と国家、そして都市

第1篇
 ヨーロッパ諸国家体系の形成と世界都市

◆全体目次 章と節◆

序章
 世界経済のなかの資本と国家という視点

第1章
 ヨーロッパ世界経済と諸国家体系の出現

補章-1
 ヨーロッパの農村、都市と生態系
 ――中世中期から晩期

補章-2
 ヨーロッパ史における戦争と軍事組織
 ――中世から近代

第2章
 商業資本=都市の成長と支配秩序

第1節
 地中海貿易圏でのヴェネツィアの興隆

第2節
 地中海世界貿易とイタリア都市国家群

第3節
 西ヨーロッパの都市形成と領主制

第4節
 バルト海貿易とハンザ都市同盟

第5節
 商業経営の洗練と商人の都市支配

第6節
 ドイツの政治的分裂と諸都市

第7節
 世界貿易、世界都市と政治秩序の変動

補章-3
 ヨーロッパの地政学的構造
 ――中世から近代初頭

補章-4
 ヨーロッパ諸国民国家の形成史への視座

第3章
 都市と国家のはざまで
 ――ネーデルラント諸都市と国家形成

第1節
 ブリュージュの勃興と戦乱

第2節
 アントウェルペンの繁栄と諸王権の対抗

第3節
 ネーデルラントの商業資本と国家
 ――経済的・政治的凝集とヘゲモニー

第4章
 イベリアの諸王朝と国家形成の挫折

第5章
 イングランド国民国家の形成

第6章
 フランスの王権と国家形成

第7章
 スウェーデンの奇妙な王権国家の形成

第8章
 中間総括と展望