オデッサ・ファイル 目次
原題と原作について
見どころ
あらすじ
物語の背景
兆   候
エジプト軍のロケット開発
イスラエルの焦り
暗   闘
秘密組織オデッサ
ペーター・ミューラー
SS大尉ロシュマン
戦後ドイツ社会のタブー
オデッサの隠然たる力
師団式典への侵入
探索と追跡
ヴィーゼンタール
ロシュマンとオデッサ
ミサイル誘導装置の開発計画
モ サ ド
オデッサへの潜入
オデッサの監視網
対   決
オデッサ会員のファイル
ブレーメンでの闘争
余   談
カナーリス提督について
「ユダヤ人問題」について

師団式典への侵入

  式典の当日、ペーターはその会場に入り込んだ。ドイツの各地によく見られる、巨大なビアホールが会場だった。 集会はすでに始まっていた。集まったのは、今でも存命している「ジークフリート師団」のメンバーだった男たちだった。およそ400人くらいで、大半は下士官以上の階級だった者たちだ。
  関係者以外は入室禁止だったが、ペーターはカメラを持って堂々と入り込んだ。
  ホールのステイジには、旧第三帝国の軍幹部たち、そしてオデッサの面々が来賓としてふんぞり返っていた。そのなかには、あの検事総長もいた。ホールのテイブルには、一般参加者が並んで陶製のビールグラスを手にしていた。おそらく敗戦までの「帝国の栄光」や破竹の勢いでヨーロッパを席巻した頃の「手柄話」にでも花を咲かせていたに違いない。
  やがて、かつてジークフリート師団の師団長(少将)だったグライファーが、酒の勢いを借りてか、あるいは同類が集まったことで興奮してか、「ドイツの栄光は不滅だとか、栄光ある地位を復活させよう!」なぞという演説を始めた。会場は盛り上がっていく。

  懲りない連中だ。彼らは敗戦までは、軍のなかで地位や特権を得て、何らかの利益や名誉を享受していたのだろう。ナチスの軍事的支配や戦争に否応なく(強制的に)協力させられた過去に慙愧を感じ自己批判をした人びとは、こんなナチス残党が主催する集会には参加しない。
  師団の兵員、1万6千名のうち、生存者が数分の1だとしても、この宴会への参加者はその一握りにすぎない。
  とはいえ、集まった老人たちは、しょせん栄光や手柄を懐かしんで、互いに傷を舐め合っているにすぎないとも見える。今では没落してしまった戦時成り金の懐旧趣味とでも言おうか・・・


  そんなシーンのなかで、壇上でふんぞり返っているお歴々に向かって、ペーターはカメラを向けフラッシュを焚いてシャッターを切った。壇上の幹部たちは写真に捕られたと知って驚愕した。この会場で威張ってはいても、堂々と世間に顔向けできる立場ではないのだ。ナチスシンパの集まりであることが公になれば、各方面から追及や非難を浴びることになる。内輪の集まりでの権威の誇示は、そうした後ろめたさや強迫観念の裏返しでしかない。
  ただちに彼らは、手を回して強面連中を動かした。彼らはペーターの周りを取り囲んで、会場から追い出し、殴る蹴るの暴行を加えた。もうこれ以上つきまとうなという脅しだった。
  オデッサの実行部隊や暴力組織を指揮しているのは、リヒャルト・グリュックス将軍で、外見は知的で穏やかな紳士で、貴族的な雰囲気さえ漂わせていた。

  その夜、ペーターは傷だらけになってアパートに帰った。部屋では、同棲している女性、ジギー(ジークリンデとかいう女性名の短縮愛称)がペーターを迎えた。そして「どうして、そんなにむきになってまで調査を続けるのか。もうやめてよ」と懇願した。
  だが、ペーターは「これは、やらなければならない、ぼくの義務なんだ」と答えた。
  タウバーの手記に読みふけって以来、ペーターの態度はすっかり変わっていた。それ以前、地道な調査・取材を続けるよりも、一発特ダネを狙う行動スタイルだった。社会的な視点よりも、人々の耳目を集める話題に飛びつくタイプだった。だが、いまや、身の危険や労苦も顧みずに、ナチスの戦争犯罪人の消息を追い求めているのだ。

前のページへ | 次のページへ |

総合サイトマップ

ジャンル
映像表現の方法
異端の挑戦
現代アメリカ社会
現代ヨーロッパ社会
ヨーロッパの歴史
アメリカの歴史
戦争史・軍事史
アジア/アフリカ
現代日本社会
日本の歴史と社会
ラテンアメリカ
地球環境と人類文明
芸術と社会
生物史・生命
人生についての省察
世界経済