さて、ここでは、第2次世界戦争が戦争の形態や国家の制度、社会の仕組みをそっくり組み換えてしまったという事情を考えてみます。
それにしても、このオーヴァーロード作戦では連合軍、とりわけ合州国は世界最先端の工業技術を駆使して軍事工学技術を飛躍させました。
ノルマンディから上陸した軍事車両・工作車両は、ドイツ軍だけでなくヨーロッパ中に驚嘆を呼び起こしました。
たとえば、架橋車。
超大型の戦車のボディに折りたたみ式の鋼鉄の橋=アームが付いていて、アームをを伸ばせば橋になるのです。
また、M4シャーマンは基本形の中戦車だけでなく、50種以上のヴァリアントがあって、海上を揚陸艇として遊弋できるタイプ、火炎放射器タイプ、ブルドーザ・タイプ、自走砲タイプ、重装甲タイプ、対空砲タイプなどがあるといいます。
この作戦の終了後には、ブリテンとヨーロッパ大陸を結ぶ水中パイプラインも試験的に敷設され、燃料の持続的な大量補給が試みられました。
ドイツはジェット推進航空機や弾道ロケットミサイル(V1、2号)を開発し、部分的には核爆弾の実験にも取りかかろうとしていたようです。
アメリカは原子爆弾を開発し、日本を実験台にしました。
しかも、兵器開発の規模と速度が飛躍しただけではなく、その使い方、兵器の運用方法が決定的に変わってしまいました。
たとえば、都市を全面破壊する空爆。
戦闘員も非戦闘員も、病院や学校、教会、老若男女の区別なく、そして敵に捕らわれた自軍の捕虜さえ収容されているであろう都市を、完全に壊滅させてしまう攻撃なのです。
敵対勢力の経済的・社会的・文化的な《再生産体系の総体》を根こそぎ破壊してしまう作戦が、公然と採用されることになったわけです。
国家の仕組み、つまり軍事力を支えるあらゆる社会制度を破壊することになりました。国民国家が総力戦に全住民を動員する仕組みができ上がり、情報統制や国家秘密警察、政治警察の監視によって住民をイデオロギー的に組織化するようになっていたのです。
まるでその都市の住民全体が、「次の戦争のための」兵器開発や殺戮手法の実験動物にされてしまったかのようです。
そのために、国民国家全体、さらに侵略征服した地域の資源と人員を戦争に全面的に動員するようになります。
総力戦、すなわち、全面戦争ないし全体戦争( Totaler Krieg )という概念は、実効的にはナチスドイツによって導入されました。それが敵に対する攻撃の概念になったときには、人種絶滅( genocide )、全面殺戮( holocaust )になるのです。
人類は迷走し、「黙示録的世界」に突入してしまったようです。
戦後に構築されるパクス・アメリカーナ、つまりアメリカが覇権を握る世界システムでは、政治と経済の総体を《軍産複合体》が支配するという構造ができ上がりました。
ナチズムの抑圧体制を打倒す民主主義陣営のリーダーを任じていたアメリカ。
しかし、戦争直後には「赤狩り」=マッカーシイズムを繰り広げ、自ら冷戦イデオロギーを振り回し、軍産複合体が統治政策の根幹を牛耳るレジームを生み出してしまいました。