■女将の奥の手■
女将が繰り出した「奥の手」とは、町の大勢の男たちがしま屋で「ツケ」で飲み食いしたまま清算しなかった代金を回収することだった。なにしろ、150人からの男どもが、この数年間、嬉しいにつけ悲しいにつけここで飲み食いして払い忘れた――というよりも無視を決め込んできた――買掛金は、総額で50貫文にも達した。
ときの催促がないことをいいことに、穀田屋や菅原屋、遠藤寿内などなどが、現在の価値で数万円もの借金をしていたのだ。額はやや少ないものの、伝馬人足たちもご同様だった。
ときが「さあ、つかを払いなさい!」と号令をかけるや、町の男たちが抱えるほどの銭の束を持ち込んできた。もちろん、穀田屋や菅原屋も支払った。何と、女将のときはこの町でも有力な債権保有者だったのだ。
■音右衛門の決意■
残り750貫文のうち250貫文を拠出したのは、穀田屋十三郎の長男、音右衛門だった。彼は浅野屋父子の壮絶な覚悟と努力、自己犠牲を知って心を打たれ、一念発起した。
十三郎の立派な跡継ぎとなるべく、修行のため先代の豪商、三浦屋に奉公を決め、その10年分の給金を前借して父に託したのだ。
■店を潰しても■
残りの500貫文を引き受けたのは、浅野屋甚内だった。
その資金拠出を申し出た甚内に対して、十三郎と篤平治は諫めた。「資金が集まっても、つぶれる店を出しては元も子もない」と。
だが、甚内は決意を変えなかった。そればかりではない、浅野屋は主人の甚内だけでなく、その妻も子も、番頭をはじめとする奉公人たちまで、着るものや日用品を倹約して小金をため、公費の拠出に備え続けていたのだ。
浅野屋の帳場畳部屋で甚内の決意に驚いている十三郎が、ふと気がつくと、造り酒屋である浅野屋の仕込み蔵があまりにも静かだった。例年なら、秋の収穫が終わった今頃は、杜氏を筆頭に蔵人たちの「麹の仕込み歌」がして、倉は活気に満ちているはずだ。にもかかわらず、ひっそりとしている。
訝った十三郎が番頭の制止を振り切って篤平治とともに店奥の蔵に入って調べてみると、大樽はすべて空っぽだった。
問いかけ顔の兄に対して甚内は答えた。
「もう店はつぶれているのですよ。今年はもはや麹や米を買い入れる金もありません」
甚内は悲願のために、店の流動資産(運転資金)をすべて拠出に回したのだ。
十三郎の母親も資金を出させてくれ、と懇願した。
浅野屋の人びとの自己犠牲精神というか潔さに感動した菅原屋と穀田屋は、浅野屋の拠出を受けることにした。
こうして調達した総額5800貫文を小判=金1000両に両替して、吉岡宿は藩の出資司に差し出した。受け取った萱場杢は、無理な条件を自ら提示していたので、吉岡宿の商人たちが1000両を差し出したことに驚いた。同時に、町の人びとの才覚と覚悟に深く感動した。
ことに店の破産を覚悟して1500貫文を拠出した浅野屋甚内について「百姓にしておくのは惜しい男だ」と評価した。