こうして、イタリアの諸都市国家と教皇国家(の支配集団)は、生き残るために、多かれ少なかれ、あるいは直接間接に、これらの強大な王権の庇護や支配を受けざるをえなかった。
たしかに権謀術数を駆使して、短期的には情勢を動かすことはできた。けれども、もはやイタリア内部の勢力が主導権を握ってこの地域の政治的・軍事的状況を動かすことはできなくなった。
かろうじて政治体としての独立を保つことができたのは、ヴェネツィア共和国だけだった。
その共和政も、有力門閥の集団が寡頭支配を敷くレジームで、閉鎖的な門閥サークルから除外された商人や工房親方、一般市民は政庁の運営や政治から押し退けられていた。
しかも、その商業覇権や世界貿易での優位はとうに失われていた。
内陸に拡大した土地の経営つまりは地主経営や奢侈品・高級品中心の製造業が経済の基幹部門となって、外部の商業資本に従属しながら、どうにか繁栄の残り火を享受していた。
その残り火は――ヴェネツィアが過去に蓄積してきた富を燃料として――いよいよ華麗に豪華に燃え続けていた。ヴェネツィアが芸術や工芸、建築で燦然と輝くのは、むしろこの後の時代である。
それにしても、このような厳しい状況は、マキァヴェッリの著作のなかに率直に描き出されている。
ことに「他者の力・影響力によって君主の地位を確保した者ども」の権力がいかに脆いものかを鋭く指摘している。
そしてまた、自分を君主の地位に据えた有力者の言い分を受け入れながら、屈辱的に自分の権力=地位を保ち続けることの限界、虚しさを辛辣に喝破している。ようやく手に入れた権力を、かつて抱いていた目的にためにではなく、自分を取り巻く権力者・有力者を満足させるためにひたすら用いる、と。他者への依存体質をますます深めていくのだと。