観察者、マキァヴェッリ 目次
考察の射程と視座
1492年から94年
教皇の企み
シャルル8世の侵攻
揺れるフィレンツェ
サヴォナローラの煽動
フィレンツェの政変
煽動者の末路
混迷するイタリア戦線
フランス王軍の快進撃
シャルル包囲網
神聖同盟
喉元過ぎれば…
フランス王の逆襲
権謀の果てに
君主なきイタリア
奮闘するマキァヴェッリ
市民軍の組織化
教皇権力の膨張
共和政の最期
ジョヴァンニの執念
マキァヴェッリの苦悶
社会と権力闘争の観察者
なぜ《君主》を論じたのか
強制力の鎧をまとう威信
君主権力の限界
財政基盤の脆弱性
脆い権力基盤
ブルジョワとの同盟
革命理論としての君主理論
マキァヴェッリと現代
政権党の構造的危機
逃れられない利権構造
失われゆく威信
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揺れ動くイタリア

マキァヴェッリの苦悶

  メーディチ家政権の復活とともに、ニッコロ・マキァヴェッリは職を追われて、サン・カッシャーノの田舎に隠棲することになった。
  ところが、翌年2月、ニッコロ・マキァヴェッリは捕えられ投獄された。
  反メーディチ派の領袖がうっかり落としたとされる紙片に、メーディチ家を陥れる陰謀の加担者リストが記され、そのなかにマキァヴェッリの名前があったという理由だった。
  実際に陰謀があったのかはわからないが、むしろ反メーディチ派を一掃するための策謀だったのではないだろうか。
  おそらく共和派の外交と市民軍の指揮に関してマキァヴェッリの奮闘・活躍を苦々しく眺めていたので、その名声を踏みにじり報復するためだった…。フィレンツェの権力構造からすれば、メーディチ派はどんな捏造も苛斂誅求もできたのだから。
  少なくとも、マキァヴェッリの罪科は明らかな罠だったようだ。

  陰謀の首謀者とされた者たちは次々に処刑された。
  マキァヴェッリも暗闇の地下牢に押し込められ、拷問に近い取調べを受けたという。おそらく、絶望の淵にあってマキァヴェッリは、精神の正常を保つために、これまでの見聞や体験を素材に考究洞察に浸り、もし生き延びて牢を出ることができたなら、《君主というもの》やそのほかの歴史分析を著そうと決意したに違いない。

  まさに死に直面して、彼はその著書《君主》に見られるような、事象の表層を覆う権威や価値観を剥ぎ取って、透徹した歴史主義的=批判的視座で君主権力を分析する決意を固めたのだろう…今にしてそのように考えられる。
  自らが権力闘争の渦中に巻き込まれ続け、軍や外交の国家装置を自ら運営しながらも翻弄され続けたことを悟り、権勢権門の浮き沈み、すなわち力 virtu の勃興と没落の運命 fortuna の波、つまりは「歴史」の非情さを痛感しながら。

  ところが、その直後、武闘派の教皇ユリウスが死去した。
  翌月、コンクラーヴェの結果、メーディチ家のジョヴァンニが新教皇に選出されレオ10世を名乗ることになった。
  フィレンツェを支配する家門の当主が教皇に即位したということで、町中がお祭り騒ぎになり、恩赦によってマキァヴェッリは釈放されることになった。

  メーディチ家に対する陰謀加担の罪状で投獄され、メーディチ家(ジョヴァンニ)の盛運の祝賀によって自由を得た。まことに皮肉な運命ではあった。
  マキァヴェッリは郊外の家を引き払い、山荘にこもって研究と執筆に専念することになった。

社会と権力闘争の観察者

  それにしても、共和政フィレンツェの生き残りのために軍務と外交に奔走した実務家=実践者であったニッコロは、あまたの権力闘争、権謀術数、権力の隆盛と衰運を目の当たりにしてきた。
  活力を失い時代遅れになった「古い力」と、新たな活力を自ら生み出し勃興する「新たな力」との衝突・交代の現場に立ち会ってきた。
  まさに権力闘争の実務=実践の場に立ち会った者にしてはじめて実感し獲得できる視点と分析材料を「わがもの」としていた。

  彼は外交使節や視察員として各地を訪問し、さまざまな政治体や君侯と出会い、それらを取り巻く情勢を観察・分析してきた。たとえば、外交使節としての訪問体験は主なものだけでも、

  ・フランス王国(宮廷)……1500年7月、1504年1月、1510年6月 の3回。
  ・チェーザレ・ボルジア……1502年6月、10月(約3箇月間) の2回。
  ・シエーナ……1501年8月、1503年4月、1505年7月、1507年8月、1510年12月、1511年5月 の6回
  ・ピストイア……1500年2月、1501年7月 の2回
  ・ピーサ(戦場)…1508年8月、1509年1月、6月 の3回
  ・ボローニャ……1502年5月、1506年8月 の2回
  このほか、オーストリア王(皇帝)マクシミリアンとは1507年12月(ティロルで)拝謁 などの経験があるという。

  こうして、さまざまな政治体や君主を自ら観察し、具体的な状況のなかでのそれらの動きを比較考察することができた。

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