さて場面は変わって、パリの繁華街にあるフランソワとカトリーヌのオフィス。勤務時間もそろそろ終わる頃。
カトリーヌはなかなかにやり手の経営者で、当然会社の資産状態にはつねに目を光らせている。だから、フランソワに「友情の壺」の代金支払いのための資金繰りについて詰問した。フランソワは「何とかするよ」と受け流す。
そして、「壺の配達がずいぶん遅いじゃないか。どうしてんだろうね。何か知ってるかい」と尋ねた。
そのとき一瞬、カトリーヌの顔に懸念が走ったような気配。
「ああ、そういえば、輸出手続き(通関手続き)書類に何か漏れがあって、手間取っているそうだわ」と返答した。
そんなところに、フランソワの娘で大学生のルイーズが訪れた。彼女はボルドーの大学に在籍していて考古学を学んでいる――東地中海の古代美術史を専攻しているもよう――が、研究者としてのフィールドワークのためにルーブル美術館で研修を受けるらしい。
ルイーズは、フランソワが離婚したときに元の妻(母親)に引き取られて育てられていたらしい。
ルーブル美術館での研修に通うため、しばらくフランソワの住居を利用するつもりだという。パリに住む父親を頼ってきたわけだ。
フランソワとしては仕事も終わったので、タクシーを呼んで娘とともにアパルトマンに帰ろうとした。しかし、電話で呼び出そうとしたタクシーはどれも出払っていた。そこで、カトリーヌが利用しているタクシーを呼んだ。
何と、やって来たのはブリュノ・ブーレだった。
ルイーズとフランソワはブリュノのタクシーで帰宅することになった。
ブリュノはまたもやフランソワに親しげに話しかけてきた。とにかくブリュノは博識で、いろんなことに蘊蓄を傾けたがる。フランソワは断ったが、美術史を専攻するルイーズは聞きたがった。
とかくするうちに、ルイーズが咳をしたことから、喘息の話題になった。ルイーズを心配したブリュノは、「知り合いが診てもらって喘息を治すことができた有能な医者を知っているので紹介しようか?」と申し出た。
ところが、ルイーズは医者嫌いだった。
で、有能な医師のところにに行かせようとした父親フランソワが、ブリュノと組んで仕組んだ芝居だと思いこんでしまった。そのために、ルイーズは憤慨してフランソワと言い合いになり、ひとりタクシーを降りてしまった。
ブリュノとしては、ルイーズがフランソワのガールフレンドだと勘違いしていた。
それで、フランソワを「年の差があると、いろいろと意見が衝突することもあるから、面倒だよね」と慰めた。
「年の差は仕方がないよ、何しろあの子は娘だからね」とフランソワは不機嫌そうに返答した。
というようなゴタゴタで、フランソワはタクシーのなかに「友人リスト」を置き忘れてしまった。
翌朝、ブリュノのギャラリーにブリュノがやって来た。
彼は、ギャラリーの前の道で骨董家具を運んできた運送屋に親しげに話しかけ、荷降ろしと荷運びを手伝った。ブリュノの訪問に気がついたフランソワは、気づかない振りをして一部始終を見ていた。
まもなくブリュノがギャラリー倉庫のなかに入って来た。
「昨夜、車のなかにこのリストを落としていったね。届けに来たよ」
「ありがとう。大事なリストなんだ。
ところで、あの運送業者と知り合いかい?」
「いいや、今日はじめて会ったんだよ」
「ふーん」
ブリュノは物珍しげにギャラリーのなかを見回したのち、帰るといって出ていった。
フランソワが「親切だが、変なやつ」と思いながら、ブリュノの後ろ姿を眺めていた。
ブリュノは通りに出ると、犬の散歩をさせている中年女性と出会い、またもや親しげに言葉を交わし、犬をなでた。そして、犬を見送ると、自分のタクシーに乗り込もうとした。