ともあれ「楽しいひととき」ののち、ブリュノは車でフランソワを自宅まで送り届けた。遅い時間だったので、フランソワはブリュノに泊っていくことを勧めた。で、ブリュノはフランソワの家に泊ることになった。
おりしもそこにルイーズが帰って来た。
ルイーズは、仕事にしか関心がないと思っていた父親が友人を連れてきて泊らせることになったことに驚いた。しかも、ブリュノから、2人でサッカーの試合を観戦して盛り上がったことを聞いて、さらに驚いた。
つまりは、フランソワは娘からすら、それほど他人に無関心で冷淡な人物だと思われていたわけだ。離婚するまでいっしょに暮らしていた実の娘からそういう評価を受けてしまっていたのだ。言い換えれば、ルイーズが体験していた家庭生活では、フランソワはきわめて自己中心的で仕事にしか関心がなく、妻や娘のことには関心を示さない冷淡な男(夫・父親)であると決めつけられてしまうほどの人物だったのだ。
翌朝、ブリュノが早起きして朝食を用意した。そこにルイーズが来て、いつも食べているシリアル食品を食べようとすると、ブリュノはその袋を見て、注意した。
「袋の内容表示からすると、アレルギー性喘息を引き起こす原因になる材料が入っているね。やめた方がいいよ」
ルイーズはその後、ブリュノの忠告を守ることにした。すると、しばらくして喘息はおさまった。やはり、トリビアルな知識のなかにも人の健康にとって大事なものがあるのだ。無駄に見える知識でも、ないよりはある方がいいのかもしれない。
さて、フランソワはカトリーヌに、ブリュノと友だちになったうえに、両親を紹介されて夕食に招かれたことを自慢した。賭けの相手に優越感を見せつけようとしたのだろう。
だが、フランソワは「本当の友人とは、相手のために自ら危険を冒すことも厭わないもの」と反論した。そこで、フランソワはブリュノを騙して「友情を試す」ことにした。
人は傲慢なもので、「愛を試す」とか「友情を試す」とか自分勝手な言い分を用意して、相手に無理を押しつけたり、相手を苦境に追い込んだりすることがあるようだ。
私は、そういうことがまるきり理解できない。他人を試すということほど、傲慢不遜で利己的なことはない。他人を試すほど偉いのか!?、という疑問が先に立つ。
相手の好意や配慮をありがたく思わないで、そのありがたさを疑うわけだから。
フランソワはカトリーヌたちに自己顕示するために、ブリュノを騙して「友情を試す」ことにした。
「ブリュノ、あの友情の壺が俺の手元にあることが知られると、俺は大変な窮地に追い込まれてしまうんだ。だから、狂言であの壺を盗み出してくれないか」と。
ブリュノはためらい迷っていたが、フランソワのためになるのならと、真夜中にフランソワの自宅兼倉庫に忍び込んで壺を盗み出すことを決心した。そのために、大型バールなどの「泥棒用具」を買い込んだ。
そして、ある真夜中にフランソワの自宅に侵入して壺を運び出そうとした。
そのとき、真っ暗だった部屋の照明が点いて明るくなった。
ブリュノが驚いて見回すと、フランソワをはじめカトリーヌやルイーズ、そして誕生日に集まった仲間たちが集まって見守っていた。
当惑しているブリュノにフランソワが説明した。
「悪かった。じつはこれは狂言なんだ。君の俺に対する友情を証明するためのね。君が俺のために壺を盗み出そうとしてくれたことを、この連中に見せつけるためにね」
せっかく信頼関係と友情を築いたと思ったのに、フランソワのくだらない賭けのために騙され、利用されたと知ったブリュノは深く傷つき憤った。そのため、バールで壺を打ち砕いてしまった。
カトリーヌやルイーズは「あなた救いようのない愚か者ね」と言って、フランソワを蔑むような目つきとため息を残して、出ていってしまった。
フランソワはようやく自分の思い違い、思い上がりに気がついた。ブリュノの苦悩には少しも思いがいたらなかった、と。だが、遅かった。