というわけで、ブリュノはテレヴィ番組「クイズ・ミリオネア」に出場することになった。
ところが、緊張症のブリュノは、あこがれの番組に出て、しかも人気のキャスターと多数の観覧者の前ですっかりあがっていた。額にも掌にも大汗をかき続けた。それでも、どうにかクイズに正解を回答して20万ユーロ獲得にまでこぎ着けた。
いよいよ100万ユーロ獲得への問題に挑むことになった。このクイズ番組は、正解するとさらに巨額の賞金がかかった次の段階にステップアップしていく方式になっていた。
ここまで、ブリュノはときには過度の緊張で「しどろもどろ」になったり、弱気に陥り、次の問題への挑戦を躊躇してそこまでに獲得した賞金を手にして帰ろうと迷ったり……四苦八苦していた。
だが、気の小さな中年男が焦ったり、苦しみ悩みながら何とかクイズをクリアしていく様子は、ごく普通の庶民の「等身大の姿」を表現していて、しかもドラマにはない「生中継番組」特有の緊張感に満ちていた。そのため、視聴率は時間を追うごとに上昇していった。
そして、ブリュノは悩み抜いた末に思い切って100万ユーロに挑戦することになった。
出された問題は、「第1回印象派展に参加しなかった画家は、ルノワール、モネ、マネの3人のうち誰ですか」というものだった。
このクイズには、「答えに悩んだとき、誰か1人友だちに電話して相談してかまわない」という条件が付けられていた。これまで1度も手助けを求めなかったブリュノ。だが、今回は壁にぶつかった。しかし、自分にはこういう窮地で救援を求められるような友人はいない。
唇を噛み、額に冷や汗を浮かべ、あてどもなく視線を宙にさまよわせる。
千載一遇の好機を目前に窮地に陥り、思い悩むブリュノ。だが、テレヴィ番組の視聴率は見る間に上昇していく。
「知り合いに電話することにします……いや、やめておこう。
……うーん、やはり頼ることにします」
「相手は親友ですか」と尋ねるキャスター。
「いや、親友ではないのです。知り合いですが、こういうときに力になってくれるかも・・・」
フランソワは自宅で番組を見つめていた。彼がブリュノが番組に出る機会を用意したのだから、当然だが。そして、ブリュノが誰かに相談しよう決心したところで、テレヴィのスウィッチを切った。もう見ていられない、と。
その直後に、フランソワの居室の電話の着信音が鳴り響いた。少しためらったのち、フランソワは受話器を手に取った。
「フランソワ、ブリュノです。
……今、クイズ番組に出ているんだ。それで、難問にぶつかって、君の手助けが必要なんだ」とブリュノは切り出した。
フランソワは番組を見ていたのだが、知らぬ振りをしてブリュノの説明を聞き続けた。ブリュノは設問を説明して、答えを教えてほしいと頼んだ。
その間、ぎこちない雰囲気で互いに相手に遠慮しながら会話して、クイズ問題の中身と答えに話題が進む様子が、映像として放映され続ける。何やら「複雑なわだかまり」がある男2人らしいことは、誰の目にも明らかだった。ドラマのように演技と演出によって表現された雰囲気にはない緊張感が伝わってくる。
ついにものすごい視聴率になった。
クイズ番組の放送時間は過ぎようとしていた。
だが、テレヴィ局経営陣の重鎮であるドゥラモントは、迫真の緊迫が続き視聴率が信じられないほど上がっていくのを見て、放送をこのまま続けるように業務命令を発した。テレヴィ局にとっても業績の飛躍的上昇のチャンスだし、フランソワの頼みもあるし……。壺を得たうえに、番組の高視聴率。このところツキが回ってきたドゥラモントは強気だ。
さて、古美術が専門のフランソワにとって最初の印象派展に参加・不参加の画家についての知識などは「朝飯前」の問題だ。フランソワは「モネだよ」と静かに答えた。それ以上、ブリュノと会話を続けることなく受話器を置いた。友情を裏切って傷つけて離れていった親友を窮地で手助けできたことがうれしかった。
ブリュノはクイズの正解して賞金100万ユーロを獲得した。観覧席にいた両親に駆け寄って抱き合い、祝福を受けた。