その頃、ライアンは大統領府の緊急検討会議で、ソ連海軍が原潜の無音推進装置を開発し実用化しているであろうという推測を報告していました。
この推測は、原潜ダラスからの「大型原潜、突如消滅」の報告で裏づけられました。そして、クレムリンに潜むスパイの情報から、艦名がレッドオクトーバーであることが確認されました。
会議の進行中、ライアンは、かつて会ったことがあるラミウスの性格と思考方法・心理を推し量っていました。
原潜の出航日は妻の1周忌に当たっていました。
ライアンは、ラミウスとレッドオクトーバーはアメリカへの亡命を企図している、という大胆な仮説を提示して、いならぶ上級将軍たちを驚かせます。
ほとんどの参加者は、ライアンの途方もない仮説を一笑に付して会議は解散しました。
決定されたアメリカ海軍の方針は、レッドオクトーバーのアメリカ東岸への接近に対して厳重警戒をとる、というものでした。
ところが、安全保障問題担当の大統領補佐官ペルトは、ライアンに居残りを命じます。
ペルトは、自ら言い切ります。
「俺は政治屋で、嘘もつけば、汚い駆け引きもいとわないし、いやな野郎のご機嫌取りもする(kiss one's ass)」と。
「けれども、安全保障上ほんのわずかでも懸念される可能性については、すべてきちんと対応する」
こう述べて、ライアンに、北大西洋に飛び、亡命の確からしさ(probability)を確認し、確かならば亡命作戦を指揮しろ、と命じました。
というのも、ソ連の最新鋭原潜と指揮官・将校団を亡命させ獲得すれば、ことがらの性質上、公表できないが、政治上の功績は甚大なものになるからです。
アメリカの安全保障=軍事上、きわめて大きな成果をもたらすことは、言うまでもないでしょう。
この作戦が成功すれば、政権内での地位ランキングを一気に駆け上がることができるのですから。
その頃、原潜ダラスではソナー員ジョーンズが、キャタピラー推進のレッドオクトーバーの音源を識別し、追跡する方法を開発したことを艦長に報告していました。
正体不明の原潜の方向から届く、きわめて周期の大きな粗密波に気づいたのです。その音響記録のタイミングを10分の1にして(10倍に)速回しすれば、独特の機械装置特有の音響波形になるのです。
この音源は、アイスランドの南沖合いを東から西に通過して、その後ニューファウンドランド方(西南西)に向かう趨勢を示していました。
さて、大統領府を出たライアンは、初冬の大嵐のなかを(揺れに揺れる)対潜哨戒機で北大西洋上の航空母艦に向かいました。
航空機の振動に対して深刻なPTSD(post-taumatic stress disorder)に悩むライアンとしては、じつに皮肉な運命です。
しかも、この空母からヘリコプターで、さらにレッドオクトーバーを追尾する原潜ダラスに向かいました。